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続生活の探求
ぞくせいかつのたんきゅう
作品ID47386
著者島木 健作
文字遣い旧字旧仮名
底本 「島木健作作品集 第二卷」 創元社
1953(昭和28)年6月30日
初出「一」~「二」「文學界 第五卷第二號」1938(昭和13)年2月1日発行<br>「書下ろし長篇小説叢書 第十四卷」河出書房、1938(昭和13)年6月17日発行
入力者Nana ohbe
校正者富田晶子
公開 / 更新2019-09-07 / 2019-08-30
長さの目安約 553 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 つねの年にも増して寒さもきびしく、風も吹き荒れることの多いその年の暮れであつた。この地方は、北と東に向つて開き、海も近く、そこから吹き上げて來る風は、杉野たちの部落の後ろの山で行き止まりだつた。晝も夜も山に鳴る風の音に包まれながら、山裾の地のわづかなくぼみに、杉野の家はひつそりとしてゐた。家のなかは、平和な、物靜かな空氣にあたたまつてゐた。舊暦の節季までにはまだひと月あつたが、その節季への備へがすでに一應はととのつてゐたからである。
 今年の葉煙草收納の結果は、先づいいとしなければならなかつた。十二月の初めに豫定されてゐた葉煙草の收納は、役所の都合で月の終りに變つた。何月何日に幾百個の包を收納せよとの示達が、役所から村の耕作者組合にあり、組合ではこの包數を各組合員に割り當てる。その前後から夜晝休みなしの葉の選別作業が始まる。米國種葉煙草の葉分けは三通りだつた。幹の最下部の二三枚が土葉、土葉の上部の四五枚で肉の薄いのが中葉、中葉の上部の肉の厚い葉全部が本葉であつた。この三通りに區分される、乾燥した幾萬枚の葉を、その各區分に從つて、一枚一枚、その形態や葉肉の厚薄や乾燥の工合や彈力や色澤や損傷の程度やによつて品位を鑑別し、品質の近いものどうしをまとめて一つ束にするといふ葉選みの作業は、熟練を要することであつた。土葉は三十枚、中葉は二十枚、本葉は十五枚を以て一把とし、一把のうちの一枚で葉柄の上部を包み、その端を螺旋形に卷き附け、結束する、これが規則である。杉野の家の五人のうち、一番の手利きは一番年少のお道だつた。いくら經驗を積んでも敏速に行かぬものもあるが、お道のは熟練といふよりは勘のするどさだ。山のやうな葉を、人の倍の速さで、次々に處理して行く。彼女がゐなければ、杉野の家でも、ほかの家がよくさうするやうに、熟練者をその期間中傭はなければならぬかも知れなかつた。駿介も、お道の側に坐つて、見まねで少しづつおぼえて行つた。仕事に熱してゐる時のお道は、いつも妹として見てゐる彼女とはちがつた。仕事は彼女をおとなにした。わきから言葉をかけることもなんとなく遠慮されるきびしさを持つてゐた。
 結束した葉は、藁製の薦の上に、兩方から十把づつ、葉の先きを互ひ違ひにして、並べた。つまり二方積一段二十把になるわけだ。その上に何段も積み重ねて行つた。何段といふ規定はなかつた。規定は目方によつた。かうして積み重ねると、その上からも下のと同じ薦をあて、繩で固くしばつてそれを一包とした。一包は五瓩以上三十瓩以下といふことになつてゐた。煙草耕作はその最初から持たねばならなかつた獨特な細々しい規則から、この包裝といふ最後の仕上げの時になつても免れることは出來なかつた。薦は藁製の新しいものに限り、古いものは決して使へなかつた。それもどんな藁製の薦でもいいといふのではなく、「一手二本宛四ヶ所編…

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