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火つけ彦七
ひつけひこしち
作品ID47407
著者伊藤 野枝
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第一巻 創作」 學藝書林
2000(平成12)年3月15日
初出「改造 第三巻第八号」1921(大正10)年7月15日
入力者門田裕志
校正者Juki
公開 / 更新2013-07-23 / 2014-09-16
長さの目安約 26 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 今から廿年ばかり前に、北九州の或村はづれに一人の年老つた乞食が、行き倒れてゐました。風雨に曝され垢にまみれたその皮膚は無気味な、ひからびた色をして、肉が落ちてとがり切つた骨を覆ふてゐました。砂ぼこりにまみれたその白髪の蓬々としたひたいの下の奥の方に気味の悪い眼がギヨロリと光つてゐました。
 行き倒れの傍を取り巻いた子供達はその気味の悪い眼光に出遭ふと皆んな散り/\に逃げてしまひました。が、子供達が、その日暮方の暫くの明るさの中を外で遊んでゐますと、其処にさつきの乞食が、長い竹杖にすがつてよろ/\しながら歩いて来たのでした。子供等は、また気味悪さうに一と処によりそつて乞食を通しましたが、やがてそのよぼよぼした後姿を見ると、ぞろ/\後へついてゆきました。
 乞食は、村にはいつて街道を少し行くと左側にある森の中にはいつてゆきました。其処は此の村の鎮守なのです。子供等は其処までついてゆきますと、木立の暗いのと乞食が再び後をふり向いた恐ろしさに、一目散に逃げてかへりました。
 次ぎの日、子供達は昨日の乞食の事などは忘れて、お宮の前の広場で遊ばうとしていつものように、その森の中にはいつてゆきました。すると昨日の乞食がお宮の石段に腰を下ろしてそのやせた膝を抱いて白髪の下から例の気味の悪い眼を光らして子供達を睨み据えました。子供等は思ひがけない邪魔にびつくりして外の遊び場所をさがすために、お宮から逃げ出しました。
 しかし、夕方になると、彼れ等はあの乞食の事を忘れられませんでした。其処で皆んなは、若しも恐い事があつて、逃げるときに、逃げ後れるものがないように、めい/\の帯をしつかりつかみあつて、お宮の森をのぞきに出かけました。
 今度子供達の眼にまつさきに見えたのは、お宮の森で一番大きな楠の古木の根本に盛んに燃えてゐる火でした。そしてその次ぎに見えたのは、その真赤な火の色がうつつて何んとも云へない物凄い顔をしたあの乞食でした。
『ワツ!』
 子供達は今日は何うしたのか悲鳴をあげてめい/\につかまへられてゐる帯際の友達の手を振りもぎつて、馳け出して来ました。
 丁度、其処を通り合はせたのは、村の巡査でした。子供達が真青になつて、逃げ後れたのは泣きながらお宮を飛び出して来たので、巡査はいそいで、お宮にはいつて行つたのです。子供達は巡査がはいつて行くと、しばらく通りに一とかたまりになつて立つてゐましたが、やがて巡査が、お宮の傍の家の裏で働いてゐる男に声をかけるのを聞きました。
『おうい、為さん! 水を持つて来てくれ、桶に一杯!』
 巡査はさうどなりながら、為さんの家の方へ近づいてゆきました。為さんが水桶をさげてお宮にゆくのを見ると子供等はまたゾロ/\暗くなつたお宮の境内にはいつてゆきました。
『体もろくにきかん癖にかう火を燃いて、あぶなくつて仕様がない、』
 などゝ、二人…

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