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作品ID | 47414 |
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著者 | 国枝 史郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「国枝史郎探偵小説全集 全一巻」 作品社 2005(平成17)年9月15日 |
初出 | 「新青年」1927(昭和2)年7月 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 北川松生 |
公開 / 更新 | 2016-05-25 / 2016-03-04 |
長さの目安 | 約 29 ページ(500字/頁で計算) |
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一
年増女の美しさは、八月の肌を持っているからだ。
ああ小径には凋るる花
残んの芳香を上げている。
「よろしゅうございます、お話ししましょう。が、それ前に標語を一つ、お話しすることにいたしましょう。
『心にゴロン棒の意気を蔵し、顔に紳士の仮面をくっつけ、チャップリンの足どりで歩いたら、人生めったに行き詰まらない』と。……私のための標語なので。……で、お話しいたしましょう。聞いて下さるでしょうね、お嬢さん。……あッ、それ前にもう一つ、勿論貴女はお嬢さんでしょうね。……で、お嬢さん、お聞き下さい、構いませんとも、お話ししますとも。……つまり何んです、何んでもないので、彼女――私の奥さんですが、家出をして了ったのでございますよ……」
×
「二銭!」
「はい」
二銭を出し、私は遊園地の木戸をくぐった。約一間歩いたらしい。と、ちっちゃい木橋があった。幅三尺、長さ五尺、川には水なんか流れていない。でも矢っ張り渡らなければならない。
左はお城の崖である。晩春の草が靡いている。笹がひそかに音立てている。黄色い花! たんぽぽである。
少し行くと二対の鞦韆! 女中さんが子供を乗せている。若い楓と若い桜、日光に肌を炙っている。
右手には外濠線の軌道がある。××へ行く電車の軌道である。軌道の向う側は高い崖、崖の上には家並がある。家並の向うは往来なのである。塵埃と人間と色彩と、事務所と印刷所と弁護士の家と、そうして肉屋と憲兵隊本部……などの立っている往来である。
遊園地は外濠の中にあった。崖と崖との底にあった。あるものといえば静寂であった。可愛いい色々の設備であった。
ブラブラ歩いて行く青年であった。――私はブラブラ歩いて行った。
と、二頭の木馬があった。だが、たァれも乗っていない。可哀そうな可哀そうな相手にされない木馬! 四角な箱が一つあった。グルグル廻わる箱なのである。奥さんが坊ちゃんを連れて来て、その坊ちゃんを夫れへ乗せて、廻わせば廻わる箱なのである。廻転箱とでもいうのだろう。遊戯の道具の一つなのだろう。だが、この箱も可哀そうだ。たァれもたァれも乗っていない。
半分咲いている山吹の叢、三分通り咲いている躑躅の叢、あっちにも此方にも飛び散っていた。
また鞦韆が出来ていた。子供専門の遊園地なのである。鞦韆ばかりがあるのである。
長方形の硝子箱――と云っても勿論一方だけが、硝子張になっているのではあるが、勿体らしく置いてあった。山鳥や鴨の剥製が、大威張りでその中に蟠踞している。
「成程ここの遊園地では、ありふれた鳥の剥製さえ、大切な大切な設備なんだろう」
ゴーッ! 電車だ! ××行き電車だ! 緑色の車体、27の番号、七八人の客が乗っている。どうぞ彼等の航海に、――全く航海に相違ない、××までつづいている新緑は、波というより云いようが…