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沙漠の歌
さばくのうた
作品ID47421
副題スタンレー探検日記
スタンレーたんけんにっき
著者国枝 史郎
文字遣い新字新仮名
底本 「国枝史郎探偵小説全集 全一巻」 作品社
2005(平成17)年9月15日
初出「少年倶楽部」1921(大正10)年8月
入力者門田裕志
校正者阿和泉拓
公開 / 更新2019-01-28 / 2018-12-24
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「……勿論あなたの有仰る通り学問の力は偉大です。世界の秘密を或る程度まで解剖することが出来ますからね。が併し偉大なその学問でも解釈することの絶対に出来ない不思議な事実が此の世の中に存在することも事実です。此の意味で私は此の世の中に幽霊のあることを信じます。理外の理ということをも信じます……それに就いて私は斯ういう事件を、私自身現在この耳で、私自身現在この眼で確めたことがございます!」
 世界第一の神秘国であり世界第一の野蛮国である熱帯亜弗利加を踏破して、世界最大の探検家として其名を古今に謳われているスタンレーは葉巻をくゆらせ乍ら、赭黒い厳しい其顔に微妙な笑いを漂わせた。そして夫れから悠々と次のような物語を語り出した。

「曾て私が亜弗利加のサハラの沙漠を探検した時、次のような不思議な又哀れな事件に遭遇ったことがございます。
 その日私は土地の土人を三人案内に頼みまして、ギニー地方のトーゴーという邦の北部を歩いて居りました。春の終りでありましたが、欧洲などとは事変り、熱帯国でありますから、日光は熱く風は無くそれに沙漠でありますから、泉もなければ川も無くたまたま緑地はありましても、そこには恐ろしい獅子や毒蛇が主人顔をして住んで居るので近寄ることが出来ませんでした。
『満目荒涼』という言葉は斯ういう土地を形容するため存在しているのではあるまいかと、このように思われるほど四辺の眺望は、物凄く荒れ果てて居りました。椰子、檳榔樹、芭蕉、カカオ、ゴムの木、合歓の木、アカシヤなどが、僅にあちこちに生えているばかりで、その他には涯も無い砂の海と砂の小山とがあるばかりです。空には焼け爛れた円盤のような太陽がギラギラと輝いて居り、地には無数の獣の足跡が斑紋を為して着いていました。何方を眺めても人影は無く、まして人声などは聞えません。聞えて来るのは食物に倦いた猛獣の恐ろしい吠え声と太陽を掠めて舞っている巨大な沙漠鷲の啼き声だけです。
其処にあるものは沈黙のみ
そこにあるものは恐怖のみ
幸福、歓喜、唄、微笑
それらのものの影さえもなし
 東洋の詩人が詠ったように、全く其処には一切の幸福らしいものはありませんでした。
 そういう光景を眺めた時私はつくづくこう思いました。こんな寂しい沙漠の中で一生を暮らさなければならないような、そんな運命に生れたとしたら、どんなに自分は悲しいだろう。そして自分はその運命をどんなに怨み詈るだろう」



 その日私達四人の者は日の暮れるまで其辺の探検に時間を費しました。そして全く日の暮れた頃一つの緑地に着きました。
「旦那お宿に案内しましょう」
 一人の土人は斯う云ってその緑地の奥の方へ私を案内いたしました。
「お宿ってどんな宿なんだい?」私は不思議に思ったので土人を背後から呼び止めました。
 習慣通り夜の警戒を、三人の土人に委せて置き、自分はいず…

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