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畳まれた町
たたまれたまち
著者国枝 史郎
文字遣い新字新仮名
底本 「国枝史郎探偵小説全集 全一巻」 作品社
2005(平成17)年9月15日
初出「サンデー毎日」1927(昭和2)年7月17日
入力者門田裕志
校正者hitsuji
公開 / 更新2020-07-18 / 2020-06-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 ボーン! 音だ! ピストルの音だ! ……と、そんなように思われた。
 で探偵が走って来た。
 町は相当賑かであった。
 電車が五ツ通っていた。家根は黒く車体は緑で、そうして柱はピンク色であった。車輪が黄金色で車道は青い。だが何うしたというのだろう。客が一人も乗っていないではないか。自動車が九ツ流れていた。その中の一つは貨物自動車で、黄色い荷物をのっけている。
 往来の左側にビルディングがあるがあまりに色の強い化粧煉瓦で、胴体のあたりを飾っているので、どっちかというとあくど過ぎた。
 そのうしろにもビルディングがある。これは木製で茶色である。
 そのうしろの遥かなたに、匂うような薄緑の大ビルディングが、町を圧して聳えていたが、その高さは五層楼で、窓が無数に眼を開けていた。だがそれにしてもその窓々が、薄紅く見えるのはなぜだろう? 時計台が頂きにある。カーン、カーンと二ツ打った。今は午後の二時と見える。
 その大ビルディングの少し手前に、事務所めいた家が立っていた。家根がセピア色に見えるのは、銅でも張ってあるのだろうか? いやいや断じてそんなことはない。そんな高尚な建物ではない。ペンキ塗のがさつな建物なのである。
 その事務所めいた建物のうしろ――大ビルディングの前の方に、ゴチャゴチャと沢山の小家があった。いずれも安っぽい洋風の家で、町の美観を傷つけていた。
 ところで往来の右側と来ては、全く形容のしようもないほど、小さい、貧弱な、和洋折衷の――色ばっかりが、けばけばしく、造作からいえばやにっこい、数え切れないほどの住宅が――調子のこわれた音楽のように、文字通り目茶苦茶に櫛比していたが、それは全く見る人の心を、都会嫌忌にまで導くに足りた。不快な存在といわなければならない。自然そういう家々の中に、もぐり込んで住んでいる人間をも、軽蔑しなければならないだろう。
 そういう町を遮断するように、運河めいた堀川が横たわっていた。苫をかむった四個の舟、煙を吐いている一個の川蒸汽、浮かんでいるものといえばそれだけであった。
 石造の橋がかかっていた。
 それは本当に立派な構造で、美しい人だけが通らないことには、どうにも不似合だと思われるほどに、磨きさえもかかっているのであった。
 だから探偵が欄干により、ぼんやり町の方を眺めているのは、十分冒涜といわなければならない。その探偵はみぐるしいのだから。
 黄味をぼかした空の一所に、電線が筋をひいているのは、都会の空としては当然であるが、更に一層当然なることが、空の一所で行われていた。茶色の巨大な飛行船が、ビラをまいているのである。ビラが二三枚舞って来た。だが探偵は拾わなかった。拾ったら後悔をしただろう、或る綺麗な踊女が(探偵の身分ではどうにもならない)或る一流の劇場で(探偵の収入では行くことは出来ない)踊りをおどるという広告…

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