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喇嘛の行衛
ラマのゆくえ |
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作品ID | 47437 |
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著者 | 国枝 史郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「国枝史郎探偵小説全集 全一巻」 作品社 2005(平成17)年9月15日 |
初出 | 「秘密探偵雑誌」1923(大正12)年8月 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 阿和泉拓 |
公開 / 更新 | 2020-04-23 / 2020-03-28 |
長さの目安 | 約 21 ページ(500字/頁で計算) |
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一
拉薩の街は賑かであった。
勿論それは毎日毎日観飽きている賑かさには相違ないが、しかし同時に其賑かさは新来の旅行客を喜ばすに足る大変珍奇い賑かさでもあった。市の真中に山のように喇嘛の宮殿が聳えている。瑪瑙と玻璃と大理石とで築き上げられた大宮殿は朝陽夕陽に色を変えて西蔵国民ばかりでなく原始仏教の信仰者――トルキスタン人や錫蘭島人やボハラ人や暹羅人やキルギド人達の信者に依って極楽浄土の象徴かのように崇められるだけの美観しさをたしかに備えているのであった。
拉薩の市の城門から真直ぐに延びている大道路は常磐木の並木に飾られて[#挿絵]※喇嘛[#「口+懶のつくり」、U+210E4、80-下-4]の宮殿へまで同じ道幅に続いているが、今も昔もその道筋には仏の慈悲を讃えるために、諸方の国々から集まって来た難行苦行の信者の群が、うようよ虫のように蠢めいている。或は一歩毎に跪いて宮殿へ礼拝を行う者、又は背中に茨を負って膝頭だけで歩く者、そうかと思うと、宮殿の周囲を十歩すすんでは八歩返えり、六歩あるいては五歩退き、数里に渡る大城壁を幾月か費して廻わる者など、そういう苦行の巡礼達が街路一ぱいに溢れている。
三万余人の僧侶達を楽に養っている拉薩の市がどれほど宗教に熱心であるかは家々の屋根から釣り下げられてある経文旗に依って証拠立てられる。殆んど一軒の例外もなく、拉薩市中の家という家では、経文の文句を隙間なく刷った長短無数の紙や、布の旗を各自の家の屋根から釣るして仏教礼拝の実を示し、夫れでも倦き足らなく思う人は、祈祷車をさえ廻すのであった。
仏教を崇ぶ市民達はその仏教の教主たるところの[#挿絵]※[#「口+懶のつくり」、U+210E4、81-上-9]喇嘛その人を生仏として尊信し、その喇嘛の在す宮殿を神聖不可侵場所とした。
だから勿論市民達は神聖侵かす可からざる宮殿内で生仏たるところの[#挿絵]※[#「口+懶のつくり」、U+210E4、81-上-13]喇嘛が行衛不明になったなどとは夢にも信ずることは出来なかった。とは云え夫れは事実であった。それが事実であったればこそ、敏腕な英国の探偵であり、同時に若い旅行家であるヘンリー・ホートン氏が招かれて喇嘛に次いで尊い高僧の馬袁長老と、宮殿の中の秘密室で今窃かに相談し合っているのである。
厳めしい、戒律そのもののようなむずかしい顔をした長老は、[#挿絵]※[#「口+懶のつくり」、U+210E4、81-上-20]喇嘛紛失の一部始終を詳細に渡って語るのであったが、その長い話も緊縮めると、次のような要点になるのであった。
(一)喇嘛が行衛を晦ませたのは昨晩中のことであって、今朝それを発見した。
(二)喇嘛と一緒に、喇嘛の玉璽が、同じく宮中から失われた。
(三)宮中の扉は総て閉ざされ加之鍵さえ掛かっていたのに何処から喇嘛は逃げたのであろう…