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おとづれ
おとづれ |
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作品ID | 47589 |
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著者 | 長谷川 時雨 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「桃」 中央公論社 1939(昭和14)年2月10日 |
初出 | 「不同調」1926(昭和元)年 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2009-03-06 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 3 ページ(500字/頁で計算) |
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十五夜の宵だつた。新らしい借家に移つてから、ちよつと一度歸つて來て、そそくさと徹夜で書物をして出ていつたままのあるじから、幾日ぶりかで二度目の速達便が來た。丁度其日の新聞に連載ものが休みになつてゐたので、どこぞで病氣でもしてゐるのではないかと案じてゐたところなので、居所不明の手紙でもなんでも、無事だつたといふことが氣持ちを輕くさせてくれた。
例の通り、おわびやら、でたらめの改心やらを誓つた、歸宅の通知状だらうとは思つたが、このごろはそれさへあてにならない事が多いので、ただ無事だといふ知らせだけに、上書を見ただけですみさうな氣がした。中味はあんまりあてにすると失望させられるのを恐れて、すぐ見る氣にもなれかつた。
でも矢つぱりわたしは正直ものである。今の世に、正直とは、ばかといふ意味だとばかりに笑はれもするが、笑はれてもわたしは、笑ふものより幸福であるといつも思つてゐる。しかし、手紙をよむをりは、そんなことなど氣にも思ひはしなかつた。
おとづれは、中秋望月の夜にふさはしい風流なものであつた。
今夜、玉露をいただきに、SとNが、ことによると立よりたいさうです。とにかくはなれの準備だけねがひます。
それを讀むと、ああ居てよかつたと思つた。鶴見の家の縁に、葡萄や栗をお三寶に盛りあげて待つであらう老母のことを思ふと、今朝の空のやうに晴れしぶつてゐたのであつたが、何時留守に歸つて不自由をかけてもすまないと、このごろの留守居ぐせが習慣になつて、あの激しかつた暴風雨のあとの見舞にも行つて見なかつたのが、まづ役にたつたと思つた。
新居とはいへ、他人の住み古した古い古い家である。ただ疊の新しいだけがおもてなしでもあらうか、それに月は雲をきれてくまなくさしてゐる。我庭はせまいが塀のむかふには他家の廣庭がある。枝さしかはした影は我ものも同樣なので富んだものである。
山本の玉潤はきらしたが、宇治からもつて歸つた玉露が幸に味が逃げないである。土地に馴れず買ふ家も知らないので、總家鹽瀬の新栗むしをただひとつのおもてなしにと鉢に盛る。折よく竹生島の竹の菓子箸の新しいのがあつたのが嬉しかつた。
片月見をすると悲しいことがあるといふ古い諺にとらはれて、月見のしつらへをしなかつたのがかうなるともの足らない氣持ちがした。栗、きぬかつぎ、枝豆、そんなものでも持ちだしたかつたが、せめても、仁坊がとつて來てくれたお花が生きた。薄と紫苑を籠に入れて、床は嵐山渡月橋の幅にかけかへた。繪にはないが、この薄や紫苑のあるあたりが嵯峨野ともおぼせとほほゑみながら、さてもこの御住居の障子の煤けさはと氣になる。十月もなかばすぎたらば張りかへてと、月末の諸拂をあまり勘考しすぎたゆゑに手落とはなつたれど、すべては佗にかぎると拔道をこしらへて、夜更けてからの切りばり、大きな銀杏の葉二枚をきりぬいて張つた。
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