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「いろは」の五色ガラスについて
「いろは」のごしきガラスについて
作品ID47594
著者木村 荘八
文字遣い新字旧仮名
底本 「東京の風俗」 冨山房百科文庫、冨山房
1978(昭和53)年3月29日
入力者門田裕志
校正者伊藤時也
公開 / 更新2009-01-17 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私事に傾くとすれば恐縮するが、今となつては強ち「私事」でもなく、これも「東京世相」の一つの波の色と化つてゐることだらう。
[#挿絵]
いろは牛鳥肉店

 図は牛肉店「いろは」第八支店の、そこで僕の生育した家の正面を写すものであるが、図の向つて左、家の片影に遠見に走るところが、元柳町の、芸妓じんみちになるところで、家の前面に数本の梧桐が立つてゐる。この梧桐については別の文中に云つた。図の右端のガス燈のあるところが、元、「フラフ」のあつたところである。こゝから右へ居流れて、いつも客待ちの人力車夫が屯ろしてゐた。
 家の大屋根から母屋への境界に、恰も軍艦の胴腹のやうにゑぐれたしきりが出来てゐるのは、家を西洋館まがひに見すべく、木のくり型とトタンでこの蛇腹やうのものを添へたわけで、このゑぐれたところに大字で右から「第八支店いろは牛鳥肉店」と横流しにペンキで書いてあつた。(図はこれの書き直しの時の有様でもあらうか、原図は明治四十年ごろの写真である。)「いろは」だけが赤がきだつたらう。
「いろは」或は「牛鳥」が赤字だつたこと、殊に「牛」の字と赤との関係は、これはいろは以前の牛肉店以来一つの慣習としてさう行はれたことで、今でも牛肉店に――引いては馬肉店にも――この仕来りは踏襲されてゐる。これは勿論それが目立つ意味と、獣肉は赤いから、そこに基づく由来があつただらう。いろはの営業種目の招牌には「牛羊豚肉営業」とあつて、事業上は牛鳥だけを扱つた。鳥は鶏肉、かしはと云つたものだ。
 この家の三階はあとから取り附けのもので、いはゆる「おかぐら」普請の、これだけ八畳程の小間だつた。トタン屋根で屋上に「いろは」の赤ガラスに白字を抜いた標識が掲げられてゐる。(大屋根のいろはも赤塗りに白の漆上彫りである。)
 三階の増築されたのはぼくの小学校時代だつた。(そして客のない時には概ねこゝがぼくの遊び場だつた。)――この三階から本屋の総二階にかけて、その正面及び側面見つきの、ガラス戸といふガラス戸が、全部、五色の色ガラスを市松にあしらつたものだつたが(一階は五色ではなく、普通ガラスだつた)、思ふにこれも家を西洋館めかしく仕立てる装飾目的の、いはゞ、ステインド・グラスといふ見込みだらう。ガラスは外国製品だつたやうである。飛び飛びに白の無地を交へて、クリムソン・レーキ、ウルトラマリン、ビリジヤン及びガムボージの各色を配した。
 陽の当る時には、いつもそれ等を通して屋内の畳へ落ちる色とりどりの斜影が美しかつた。殊に黄色が冴え冴えとして美しかつた。そして、この五色の市松になつた、いろはのガラス障子は、その中に育つたぼくから云ふのではなく、当時これをはた見た先輩諸君の言葉に聞くに――最近辰野さん(隆博士)や佐藤春夫さんに逢つた時の偶然の話にも、これが出た――一種の「東京名物」だつたやうである。といふのが…

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