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浴衣小感
ゆかたしょうかん
作品ID47734
著者木村 荘八
文字遣い新字旧仮名
底本 「東京の風俗」 冨山房百科文庫、冨山房
1978(昭和53)年3月29日
入力者門田裕志
校正者伊藤時也
公開 / 更新2009-01-22 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        一

 浴衣がけは便利だといふ、無論便利だ。久しく外国へ行つてゐると夏は故郷の浴衣がけが恋しくなつてかなはないといふが、さもあらうと思ふ。便利で涼しい点では外国のどの夏衣裳にも勝るものだらう。
 然したゞ便利で涼しいが故に起つたものかと云ふと、それは一つにはさうに相違ない。夏不便で涼しくないものは行はれるわけがない。しかしより以上に、それが衣裳としての一つの風俗を保つて今に行はれるわけは、美しいがゆゑに、それで猶発達したものと思ふ
 ――一体この浴衣又は浴衣がけといふ字は、いつ頃使ひ始めたものだらうか。この特殊な夏衣裳の沿革を一通り調べて見たらかなり面白からうといつも思つてゐながら、つい取り果さないのは、怠慢ながら、どのみち文化文政の頃にその風情が江戸の町家の粋人――といふか、または特殊なる識者――彼等の味覚に依つて鑑賞され、そこで、一つの「ゆかたがけ」といふ美術的にいつて立派な、まあ他の字でいへばあだな、いきな、それ迄の日本にはそこ迄はまだ無かつた極く微妙な味はひの風俗が、世の中に生じたものと思ふ。
 その意味で、ゆかたがけは便利の涼しいものである、然しながら只それ故にのみ発祥した姿ではないと考へる。寧ろそれよりもこの姿から編み出せる「美しさ」――その味はひ――が時勢の人を刺戟して、そこで立派に生育した一つの風俗と考へるわけである。
 他ならぬ不思議な時代、文化文政の産を思ふ上から、――
 こゝで一寸考へて見るのは、いつも衣裳に添ふ髪の結ひぶりのことで、われわれは今日簡単に水髪とか洗髪、横櫛などといふことをいふ。――丁度ゆかたがけと簡単にいふやうなものだ、――しかしこれは明らかになほ天明寛政の頃にはなく、天明寛政といへば漸く女髪結の職がぼつぼつ一般になるかならないかの頃といはれて、「女の風俗は天地開けて今ほど美麗なることなく、あたまのさし物は弁慶を欺き、丈長、水引は地蔵祭りの盛りものよりすさまじ」云々。明らかに水髪の清楚は文化文政に待たないと起らない。いはゆるその辰巳風俗のわけで、「地蔵祭りの盛りもの」を通り越さないと、それをさつぱりと洗ひ落して束ねる味覚へは届かない。尤もそれと同時に一方にはまた金銀珊瑚の高島田もあつたわけだが、――横櫛といふのは、当時三代目菊五郎の女房お豊といふ人の頭に禿があつた。それを隠さうと、横櫛にしたのを、町方の者が一斉に粋として真似、引いては大阪へまでも行響いた風俗――と巷間伝へられるものだ。
 水髪もまた便利である、浴衣の夏など殊によからうと思ふ、(今は猶更便利実用のものに断髪といふのがある。何れは坊主にでもなるか。呵々)横櫛も隠すには便利この上ない趣好だらう。――然しこれについては贅するまでもなく、決して、便利一つで起つたことではない。その「美しさ」、いはゆる、彼等の発見した、粋ゆゑに発祥したことで、これにつ…

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