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ガリヴア旅行記
ガリヴアりょこうき
作品ID4776
著者原 民喜
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の原爆文学1 原民喜」 ほるぷ出版
1983(昭和58)年8月1日
入力者ジェラスガイ
校正者大野晋
公開 / 更新2002-09-26 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この頃よく雨が降りますが、今日は雨のあがつた空にむくむくと雲がただよつてゐます。今日は八月六日、ヒロシマの惨劇から五年目です。僕は部屋にひとり寝転んで、何ももう考へたくないほど、ぼんやりしてゐます。子供のとき、僕は姉からこんな怪談をきかされたのを、おもひだします。ある男が暗い夜道で、怕い怕いお化けと出逢ふ。無我夢中で逃げて行く。それから灯のついた一軒屋に飛込むと、そこには普通の人間がゐる。吻と安心して、彼はさきほど出逢つたお化けのことを相手に話しだす。すると、相手は「それはこんな風なお化けだらう」と云ふ。見ると、相手はさつきのお化けとそつくりなのだ。男はキヤツと叫んで気絶する。――この話は子供心に私をぞつとさすものがありました。一度遇つたお化けに二度も遇はすなど、怪談といふものも、なかなか手のこんだ構成法をとつてゐるやうです。
 先日から僕はスウイフトのガリヴア旅行記をかなり詳しく読み返してみました。小人国の話なら子供の頃から聞かされてゐます。夏の日もうつとりとして、よく僕は小人の世界を想像したものです。子供心には想像するものは、実在するものと殆ど同じやうに空間へ溶けあつてゐたやうです。さういへば、少年の僕は、船乗になりたかつたのです。膝をかかへて、老水夫の話にきき入つてゐる少年ウオター・ロレイの絵を御存知ですか。あの少年の顔は、少年の僕にとても気に入つてゐたのです。
地図を愛し版画を好む少年には
宇宙はその広大なる食慾に等し。
ああ! ランプの光のもと世界はいかに大なることよ!
されど追憶の眼に映せばいかばかり小なる世界ぞ!
ボードレールは「航海」といふ詩で、かう嘆じてゐますが、僕自身は今でもまだ人生の航海を卒業してゐない人間のやうです。
 しかし、近頃の新聞記事を読むと、何だか、この地球はリリパツトのやうに、ちつぽけな存在に思へて来るのです。卵を割つて食べるのに、小さい方の端を割るべきか、大きい方の端を割るべきか、と、二つの意見の相違から絶えず戦争をくりかへさねばならないほど、小ぽけな世界に……
 だが、小人国から大人国、ラピユタ、馬の国と、つぎつぎに読んで行くうちに、僕はもつとさまざまのことを考へさせられました。この四つの世界は起承転結の配列によつて、みごとに効果をあげてゐるやうですが、僕を少しぞつとさせるのは、あの怪談に似た手のこんだ構成法でした。
 小人国からの帰りに、ガリヴアは船長にむかつて体験談をすると、てつきり頭がどうかしてゐると思はれます。そこでポケツトから小さな牛や羊をとり出して見せるのです。そして、その豆粒ほどの家畜をイギリスに持つて帰つて飼つたなどといふところは、まだ軽い気分で読めます。しかし、大人国からの帰りには、ガリヴアは箱のなかにゐて、鷲にさらはれて海に墜されて、船で救はれるのですが、ここでも船員たちとガリヴアとの感覚がまるで…

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