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新生の門
しんせいのもん
作品ID47818
副題――栃木の女囚刑務所を訪ねて
――とちぎのじょしゅうけいむしょをたずねて
著者林 芙美子
文字遣い新字新仮名
底本 「林芙美子随筆集」 岩波文庫、岩波書店
2003(平成15)年2月14日
入力者岡本ゆみ子
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-04-06 / 2014-09-21
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 わたしは刑務所を見にゆくと云うことは初めてのことです。早い朝の汽車のなかで、わたしは呆んやり色々のことを考えていました。
 この刑務所をみにゆくと云うことは、本当は一ヶ月前からたのまれていたのですけれど、何だか自分の気持ちのなかに躊躇するものがあって、のびのびに今日まで待ってもらっていたのです。
 朝の汽車はたいへん爽かに走っています。野も山も鮮やかな緑に萌えたって、つつじの花の色も旅を誘うように紅い色をしていました。わたしは、その一瞬の飛んでゆく景色にみとれながら、女囚のひとたちをみにゆく自分の気持ちを何だか残酷なものにおもいはじめているのです。わたし自身、人間的な弱点をたくさん持っていますせいか、ほんとうはこうした刑務所見学なんか困った気持ちになるのです、こうしたほのぼのとした景色から長い間別離されてしまって、ある運命の摂理のなかにいる女囚のひとたちのことを、わたしはどんな風にみればよいのかと、そんなことばかり不安に考えていました。
 栃木の町には朝十一時頃着きました。
 駅へは教誨師の方だと云う若い女のひとがわたしたちを迎えに来ていて下さったのですが、この方から貰った名刺には、栃木刑務所勤務、教誨師、大西ヤスエと書いてありました。こんな若いひとが教誨なさるのかと、わたしはちょっと明るい気持ちで、お迎えの自動車に乗ったのですけれど、自動車にゆられながらも、わたしは何か自分自身にも頼りないものを感じているのです。
 白く反射した明るい栃木の町は、たいへん素朴な町におもえました。宿屋だの、バスの発着所だの、小さな飲食店だの、自働電話だの、わたしは自動車の窓から、これらの町の景色を眺めていましたが、案外なことには、駅から刑務所までは五分とかからないところにあって、刑務所の玄関は、まるで明治のころの弁護士の家でもみるようです。いわゆる刑務所の概念をもってきたわたしには、意外にもなごやかな門構えだったのに吃驚してしまいました。灰色の鉄門を這入ると、古い木造建ての建物があるのですけれど、正面の広い部屋には教誨師の方が沢山いられるようでした。─看守長の須田安太郎氏の御案内で、やがてわたしは二、三人の女の教誨師の方たちと、女囚の生活をみてまわったのですけれど、ここでもわたしは駅の前で眼をまぶしくした、あの太陽の白い反射をふっと獄窓のなかに眺めることが出来たのです。お陽さんが流れるように射しこんでいます。わたしは溢れるような自然の愛情を感ぜずにはいられませんでした。
 囚房の建物の入口は厚い板戸になっていて、大きな南京錠がかかっています。なかへ這入ると、広い廊下を真中にして、左右二列に太い格子のはまった小さい独房の部屋々々があって、わたしは何だかそれらの部屋々々をカナリヤ巣をみているようだとおもいました。どの部屋にも割合よく陽があたっていて、廊下より一段高くなっている房…

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