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ヒロシマの声
ヒロシマのこえ
作品ID4782
著者原 民喜
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の原爆文学1 原民喜」 ほるぷ出版
1983(昭和58)年8月1日
入力者ジェラスガイ
校正者大野晋
公開 / 更新2002-09-28 / 2014-09-17
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 ペン・クラブの一行に加わって私はこんど三年振りに広島を訪れた。街は既に五年前の廃墟の姿とは著しく変っていて、見たところ惨劇の跡を直かに生々しく伝えるものは、あまりなかった。かつての凄惨な印象は一応とりかたづけられて、今はひたすら平和都市としての更生の途上にあるもののようだ。ガスタンクに残る光線の跡も、大阪銀行の石に偲ばれる人影も、産業奨励館の残骸も、それらは既に名所旧跡の趣を呈し、嘗てここが無数の屍で覆われ、死の叫びにつつまれていた土地のようでもない。そういえば、八月六日のあれは、あまりに急速で巨大な破壊だったので、人間らしい怨恨の宿る暇さえなかったのだろうか。陰々として地下に潜む亡霊といったようなものは、現在の広島の土地からは感じられない。だがそれでいて、何か無気味で割りきれない漠としたものが、この土地に住む者にも、ここへ訪ねて来る人たちの上にも、ひとしく胸に迫ってきて離れないのだ。
 ペン・クラブの滞在中は恰度、天候も桜のあとの麗かな快晴に恵まれ、中国山脈と瀬戸内海を背景にした、この街はまことに和やかな表情をしていた。だが、それは悲劇のあとの、ひたすら美しいものを、和やかなものを求めようとする祈りのこもっている表情のようでもあった。
 中央公民館で行われた「世界平和と文化大講演会」では、聴衆は扉の外にまで溢れ、みんなが熱心に何かを求めている犇めきが感じられた。その中には、恐らく原爆体験者ともおもえる相当年輩の男女の顔もみかけられた。
 私がもっとも心打たれたのは、講演会の後で行われた原爆体験者たちとの座談会であった。あの当時、一週間あまりというものは、まるで睡眠もとれず、負傷者の手あてに無我夢中だったという日赤の看護婦さんの声は、回想談でありながら、熱涙にふるえていた。
 人類は悪魔の意思にゆだねられその指さきによって破滅するのだろうか。いま地球の一角ヒロシマで盛りあがってゆく平和への意思が、人類全体の意思を揺さぶり昂めることはできないのだろうか。
 あのような地獄以上の体験を、たとえ自分はもう再び被らないとしても、地球のいかなる部分いかなる人の頭上にも、もはや再び被らせたくない、それこそは身をけずられるばかりの苦痛なのだ。こういう叫びは座談会に臨んだ体験者たちのひとしく口にするところであった。



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