えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
経験派
けいけんは |
|
作品ID | 47832 |
---|---|
著者 | 織田 作之助 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「定本織田作之助全集 第六巻」 文泉堂出版 1976(昭和51)年4月25日 |
入力者 | 桃沢まり |
校正者 | 小林繁雄 |
公開 / 更新 | 2009-10-07 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 1 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
彼は小説家だった。下手な小説家だった。その証拠に実感を尊重しすぎた。
彼は掏摸の小説を構想した。が、どうも不安なので、掏摸の顔を見たさに、町へ出た。
ところが、一人も掏摸らしい男に出会わなかった。すごすご帰りの電車に乗って、ふと気がつくと、財布がない。掏られていたのだ。彼は悲しむまえに喜んだ。
「これで掏摸の小説が書ける」
彼は飛ぶように家へ帰った。そして机の前に坐ると、掏られたはずの財布がちゃんと、のっている。持って出るのをうっかり忘れていたのだ。
彼は原稿用紙の第一行に書かれている「掏摸の話」という題を消して、おもむろに、
「あわて者」
という題を書いた。そして、あわて者を主人公にした小説を書き出した。