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ねずみ
作品ID47862
著者堀 辰雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第一卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年5月28日
初出「婦人公論 第十五年第七号」1930(昭和5)年7月号
入力者tatsuki
校正者大沢たかお
公開 / 更新2012-10-07 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 彼等は鼠のやうに遊んだ。
 彼等はある空家の物置小屋の中に、どこから見つけてきたのか、數枚の古疊を運んできて、それを一枚一枚天井の梁の上に敷きつめた。するとそのおかげで、そこには――天井と梁との空間には、一種の部屋のやうなものが出來あがつた。それは祕密好きな子供らが誰にも見つからずに遊ぶためには屈竟な場所だつた。その隱れ場はしかし黴のにほひがした。
 そこは、一日中、うす暗かつた。そのために、彼等は眞晝間でも、夢の中でのやうにそこで遊ぶことが出來た。彼等はみんな十ぐらゐの男の子ばかりだつた。彼等は學校がすむと、一たんは家へかへり、それからすぐまた出直してくるのであつたが、それはカバンと草履との代りに、めいめい家から何か遊び道具を持ち出してくるためだつた。彼等のあるものはこつそりと父親の煙草を盜んできた。さうすると一本の卷煙草が二三人によつてかはるがはるに吹かされるのであつた。さうして、ある日のことだつた。誰だか、石膏の女の人形(それは石膏のヴイナスであつた!)を家から盜んできたものがあつた。最初のうちは、何か異樣な、そして祕密なものででもあるかのやうに、そつと次から次へと手渡しされてゐたが、しまひには、もう一度それを手で觸つて見ようとする者同志が、奪ひ合ひをはぢめて、たうとうその手足をバラバラにもいでしまつた。さうしてから、彼等はくすくすと音を立てずに笑つた。――しかし、さういふ馬鹿騷ぎの間でも、彼等は決して喧しい物音を立てなかつた。もし誰かが大聲でわめきでもしたら、すぐその者は規則違反者として罰せられたに相違ない。それほど彼等の遊戲の祕密は嚴重に守られてゐたのだ。彼等はさういふ規則が、詩人を刺戟する韻の方則のやうに、彼等の遊戲を一そう面白くすることを知つてゐたからだ。
 彼等はそこで、毎日、鼠のやうに遊んでゐた。

 ところが、その物置小屋の中に、一大事件がもちあがつた。
 といふのは、その天井裏に、石膏のお化が出るといふ噂が、誰れの口からともなく、ひろがり出したのである。
 ある夕方、彼等の一人が、みんなの歸つて行つてしまつた後も、そこにまだ、一人きりで殘つてゐた。彼は、何氣なく疊の上にちらばつてゐる、いつかの石膏のバラバラになつた手足を、暗がりの中に手さぐりしながら、かき集めた。そしてそれらを接ぎ合せて、どうにかかうにか原型に近いものにすることが出來た。見ると、あと足りないのは、ただ女の首だけだつた。そこで彼はそれを搜すためにマツチに火をつけた。そして何本も何本もそれを無駄にした。だが、その石膏の首は、その疊の上にはどこにも見あたらなかつた。たうとうしまひには、彼もあきらめて、火のついたマツチを手にしたまま、疊の上からひよいと顏を持ちあげた。と同時に、彼は思はずあつと叫んだ。彼の手にしてゐたマツチのかすかな光りが、彼の前の虚空に、彼の搜してゐた石膏の…

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