えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
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絵はがき
えはがき |
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作品ID | 47868 |
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著者 | 堀 辰雄 Ⓦ |
文字遣い | 旧字旧仮名 |
底本 |
「堀辰雄作品集第四卷」 筑摩書房 1982(昭和57)年8月30日 |
初出 | 「週刊朝日 第十八巻第十六号」1930(昭和5)年10月5日 |
入力者 | tatsuki |
校正者 | 染川隆俊 |
公開 / 更新 | 2011-04-20 / 2014-09-16 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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一九三〇年八月十七日、K村にて
僕がホテルのベッドに横になつて、讀書をしてゐたら、窓から、向日葵の奴がしきりにそれをのぞきこむのだ。
どうもうるさくつてしかたがない。
そこで僕は立ち上つていつて、窓をしめてきてやつた。
うすぐらくなる。本なんか讀んでゐるよりは晝寢にもつてこいだなと思つてゐると、……いつのまにか僕はすこし眠つてしまふ。
やがて僕は目をさます。窓を開けにゆく。さつきの向日葵は怒つたやうに向うむきになつてゐる。
どれ、ひとつ散歩でもしてこよう。……
向日葵めは、その下を僕が通り過ぎても、知らん顏をしてゐるので、僕がステッキの先でこづいてやつたら、今度はほんとに怒つて、僕に平手打をしようとする。――と思つたのは、僕の錯覺だつた。實は、その瞬間まで、そいつにかじりついて花粉まみれになつてゐた蜜蜂の奴が、いきなり飛び立つて、僕に襲ひかかつたのだ。
そいつから逃げ[#挿絵]つてゐるうちにすつかり僕まで花粉まみれになつて、さて氣がついて見ると、僕は道に迷つてゐた。
だが、心配しないでいい。そら、そこに立札がある。――
Way to Town
Way to Station
僕はとにかく町へ出かけることにする。
空には、一めんに、壜の破片が散らばつてゐる。そいつがきらきら光つてゐる。どうも、頭の上へ落つこちて來さうで、あぶなくつていけない。
おや、どこかでシヤンパンを拔いてるな。
なんだ、テニスをしてゐるのか……。
そこのテニス・コオトの裏の草むらでは、西洋人が二人、ボオルを熱心にさがしてゐる。すると子供たちが走つてきて、一しよに搜してやつてゐるらしい。そのうち西洋人たちはあきらめて行つてしまふ。
すると子供たちは彼等を見送りながら赤い舌を出した。そして一人がふところから白いボオルを取り出した。
ここにも立札がしてある。
――曰く、「球不知徑」。
それから「本町通り」に出る。
そこは氷と花とレエスで飾られてある。蝶が骨董店の中に飛び込んで、支那の皿の上にとまる。するとお客がそれを模樣かしらと見ちがへる。郵便局では、電信機がどもつてゐる。鷄肉屋の前を、西洋婦人が七面鳥の眞似をして通る。
僕は繪はがき屋の中にはいつて、見て、一枚も買はないで出る。
ここからが「水車の道」
だが今は名前ばかりで、水車なんか何處にも見えぬ。
四五年前、まだそれのあつた時分は、よく栗鼠がきて、いたづらをするので、こまつたさうだ。
それから少し行くと「森小路」になる。
その徑の入口に、たくさん羊齒の生えてゐる、見るからに古びた別莊がある。ひよいと表札を見ると、「アンデルセン」。――なんだか家の中から、オルガンと合唱の音でも聞えて來さうだな……
だが、僕はもつと驚いた。その隣りの別莊の、表札を見ると、まさしく「グリム」。――いくら目…