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日時計の天使
ひどけいのてんし
作品ID47929
著者堀 辰雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第五卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年9月30日
初出「文藝 第三巻第四号」1935(昭和10)年4月号
入力者tatsuki
校正者岡村和彦
公開 / 更新2013-05-22 / 2014-09-16
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 一九〇六年一月二十五日、ライネル・マリア・リルケはロダン夫妻と同行して、シャアトルの本寺を見物に行つた。そのシャアトル行の状況は、リルケがその妻クララに宛てて其日のうちにシャアトルで書いたのと、その翌日巴里から出したのと、二通の手紙に彷彿としてゐる。リルケの手紙の中でも特に興味深く思へる故、この手帳に全部書きとめて置くことにする。

          [#挿絵]

クララ リルケに

シャアトルにて。木曜日零時半
 ……今、私達はシャアトルに居る。先生と、奧さんと、それから私と。――私達は、冬の朝早く、まだ夜の明けぬうちに、新鮮な、眞珠母色の空の下を、出かけて來たのだ。それから私達は、小さな、明るい、フランスの町に着いた。やがて、小さな、ごたごたとした家々の塊りの上方に、あたかも空中に咲いた花のやうな、一つのゴチックの塔と、それからその傍らに、もう一つの、ゴチックの蕾のやうな塔とが、立ち昇つて來るのが認められた。それから私達はそれらすべてを忘れ、見失ひながら、小さな路次をいくつも通り拔けて行つた、すると突然、私達は、私達の眼には見切れぬほど大きなものの、すぐ眞下に出た。そのものの大半は殆ど毀損してゐた。が、ところどころ、その一片々々が眸をひらき、夢み、永遠に向つて微笑みはじめた……折惡しく、とても寒くて、立つては居られぬ位。のみならず、雪さへ落ちてきた……

          [#挿絵]

クララ リルケに

ムウドン・ヴァル・フルウリィ・ヴィラ・デ・ブリランにて。金曜日、早朝。
 ……私達は疲れ切つて歸つて來た。天候は私達を散々な目に遇はした。なんだか無暗に寒いと思つてゐたら、雪がふりだし、やがてそれが小雨に變つたと思ふと、東風になつて、今度は氷雨だ。何もかもが一日の中なのだからね、――本當にたつた一日の中になのさ、――驛への歸り道ときたら、殆ど一歩も進めないほどの惡天候だつた。だから、私達は非常に疲れてしまつたのだ。それに、私達はあんな廢墟だの、それから美しい事物の喪失にも増して耐へ難い、それを硬直させ、粗末にし、醜いものにさせてゐる、惡修繕だのを、見せつけられたことで、ひどく悲しくなつてもゐたのだ。シャアトルの本寺は、巴里のノオトル・ダァムよりも、ずつと傷んでゐるやうに私には思へる。ずつと絶望し切つてゐて、もつともつと破壞の手に身を打ち任せてゐるやうだ。それが大きなマントを被つて起き上つたかと見えたのは、ほんの第一印象に過ぎなかつた。それからやがて、その主要な細部である、風化して細つそりした天使が、一日の時刻を告げる日時計を自分の前に差し出しながら、浮き出てくる。そしてその上には、すつかり磨滅した中にもなほ限りなく美しく、その天使の歡ばしげな、敬虔な顏に漂つてゐる深い微笑が認められてくる、まるで空がそこに映りでもしてゐるやうに……
 しかしそれが…

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