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本のこと
ほんのこと
作品ID47933
著者堀 辰雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第四巻」 筑摩書房
1982(昭和57)年8月30日
初出「本 創刊号」江川書房、1933(昭和8)年2月1日
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-07-12 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 僕は夢の中で見た本のことを話さうと思ふ。
 芥川さんに「本の事」と云ふ隨筆がある。その中に矢張り夢の中で見た本のことが書かれてある。その本と云ふのはの Quarto 版の「かげ草」である。しかしその「かげ草」には鴎外漁史の書畫の寫眞版が載つてゐたり、書簡が出てゐるのである。芥川さんは「この本こそ手に入れば稀覯書である」と云つてその Quarto 版の「かげ草」を欲しがつてゐられる。――僕もこれから話さうとしてゐる、夢の中で見た二三の本が手に入れられたら、どんなに嬉しいであらう。

          [#挿絵]

 これは僕が數箇月前に見た夢である。――僕はうす暗い夜店の竝んでゐる通りをぶらぶら歩いてゐた。誰かと一緒であつた。どうもそれが川端康成さんだつたやうな氣もする。古本を竝べた店があつて十錢均一の札が出てゐたが、その時ひよいと菊半裁位の小さな本が僕の目に這入つた。昔、新潮社で出してゐたロシア物の一册らしい。何の氣なしに手にとつて見ると、矢張りドストエフスキイの飜譯小説だつた。が、そのクロオスの黒い背には明らかに「マーチン&マーチン」と云ふ題がついてゐた。
「へえ、こんな小説があつたのかなあ……」僕は川端さんの方を振り向いた。
 すると川端さんはそれを覗きながら、
「それは狐憑きの男のことを書いてゐる小説です」と無雜作に僕に云つた。……
 それきり夢は醒めてしまつた。「マーチン&マーチン」と云ふ小説の題はどうも變だが、僕はなんでもその夜、寢床の中で、或る雜誌を讀みながら春山行夫の詩集の廣告を見てゐた。それが「シルク&ミルク」とか云ふ題であつたので、それが夢の中でこんな風に修整されたのらしい。それからまた、僕は二三日前の或る晩、上野廣小路の夜店でアンドレ・ヂィドの「ドストエフスキイ論」の譯本を見てゐた。それは十五錢かなんかだつた。僕はそれを買はうと思ひながら、何故だかとうとう買はずにしまつたのである。僕はその本にもいくらか未練があつたのかも知れない。それもこの夢の一因であらう。――それにしても、その狐憑きの男のことを書いたと云ふドストエフスキイの小説はどうも一度讀んで見たい氣がする。

          [#挿絵]

 今度は二三年前に見た夢の話である。
 なんでも大學の文學部の教室かなんかの中らしかつた。僕のまはりには多くの學生達ががやがや話し合ひながら、教師の來るのを待つてゐる。そのうち一人の學生が僕に近づいてきて、僕に一册の洋書を見せてくれた。白いアートペエパアの表紙の本だつた。手にとつて見ると、その表紙には“P. O. P.”と云ふ横文字があるきりだつた。僕が口の中でそれを「ポップ」と發音すると、その男が「ピオピ」と僕の發音を直してくれた。なんでもその男の話によると、その本は英吉利の作家の中で一番新しい作家の書いた小説ださうである。僕はその本を…

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