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まど
作品ID47935
著者リルケ ライネル・マリア
翻訳者堀 辰雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第五卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年9月30日
初出「晩夏」甲鳥書林、1941(昭和16)年9月20日
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-12-21 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#挿絵]

バルコンの上だとか、
窓枠のなかに、
一人の女がためらつてさへゐれば好い……
目のあたりに見ながらそれを失はなければならぬ
失意の人間に私達がさせられるには。

が、その女が髮を結はうとして、その腕を
やさしい花瓶のやうに、もち上げでもしたら、
どんなにか、それを目に入れただけでも、
私達の失意は一瞬にして力づけられ、
私達の不幸は赫くことだらう!

[#挿絵]

お前は、不思議な窓よ、私に待つてゐてくれと合圖してゐる、
既にもうお前の鼠色の窓掛けは動きかけてゐる。
おお窓よ、私はお前の招待に應じなければならないだらうか?
それとも拒絶すべきだらうか、窓よ? 私の待つてゐるのは誰だ?

私はもう無縁ではないのではないか、この耳をそば立ててゐる生命に對して?
この戀を失つた女の充溢した心に對して?
私にはなほ行くべき道があるのに、かうして私を此處に引き止めながら、
私に夢みさせてゐる、かの女の心の過剩を、窓よ、お前は私に與へることが出來るのだらうか?

[#挿絵]

お前はわれわれの幾何學ではないのか?
窓よ、われわれの大きな人生を
雜作もなく區限つてゐる
いとも簡單な圖形。

お前の額縁のなかに、われわれの戀人が
姿を現はすのを見るときくらゐ、
かの女の美しく思はれることはない。おお窓よ、
お前はかの女の姿を殆ど永遠のものにする。

此處にはどんな偶然も入り込めない。
戀人は自分の戀の眞只中にゐる。
自分のものになり切つた
ささやかな空間に取り圍まれながら。

[#挿絵]

窓よ、お前は期待の計量器だ。
一つの生命が他の生命の方へ
氣短かに自分を注がうとして
何遍それを一ぱいにさせたことか!

まるで移り氣な海のやうに
引き離したり、引き寄せたりするお前、――
かと思ふと、お前はその硝子に映る私達の姿を
その向う側に見えるものと混んぐらかせたりする。

運命の存在と妥協する
或種の自由の標本。
お前に調節されて、外部の過剩も、
われわれの内部では平衡する。

[#挿絵]

窓よ、お前は、どんなものでも
何んと儀式めかしてしまふのだらう!
お前の窓枠の中では、人は直立不動になつて
何かを待つたり、物思ひにふけつたりする。

そんな風に、放心者だの、怠け者だのを、
お前はよくお小姓のやうに立たせてゐる。
彼はいつも同じやうな姿勢をしてゐる。
彼は自分の肖像畫みたいになつてゐる。

漠とした倦怠にうち沈みながら、
少年が窓に凭れて、ぼんやりしてゐることがある。
少年は夢みてゐる。さうして彼の上衣を汚してゐるのは、
少年自身ではなくて、それは過ぎゆく時間なのだ。

又、戀する少女たちが、窓に倚つてゐることもある。
身じろがずに、いかにも脆さうに、
あたかもその翅の美しいために、
貼りつけられてゐる蝶のやうに。

[#挿絵]

部屋の奧、寢臺のあたりには…

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