えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

楽天Kobo表紙検索

詩劇「水仙と木魚」
しげき「すいせんともくぎょ」
作品ID47943
副題――一少女の歌える――
――いちしょうじょのうたえる――
著者三好 十郎
文字遣い新字新仮名
底本 「三好十郎の仕事 別巻」 學藝書林
1968(昭和43)年11月28日
初出「婦人公論」1957(昭和32)年4月号
入力者伊藤時也
校正者伊藤時也、及川 雅
公開 / 更新2009-01-13 / 2014-09-21
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

広告

えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応の無料縦書きリーダーです ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

広告

本文より

   プロローグ

私は京極光子と申します
年は十七年三カ月
学問は中学を卒業しただけで
病気のために寝たきりで
自分一人では一メートルも動けない
詩を読んだのは
宮沢賢治とホーマアのオデッセィの二冊だけです
その私が、おどろくなかれ
水仙と木魚という題で
長い長い詩を書きますから
どうぞ皆さん覚悟してくださいな
この中で私は
人類よ、思いあがって
水爆や原爆なんぞをポカポカとおっことして
地球をこなごなにしないように気をつけろ!
アメリカとソビエットよ、のぼせあがって
したくもない戦争を
しなくてはならぬようなハメに持って行かないように気をつけろ! と
オトナたちを叱ってやろうと思います

びっくりなすった?
実はそれウソですの
私がホントにここに書きつけるのは
小さな小さなことばかりで
エンの下の蟻の巣の中で
蟻がどんな声で泣き悲しんだかということや
二番目の水仙が芽を出したのは
二月の幾日の朝であったかということや
カリエスの腰がどんな日に一番痛むかということや
すべてそういう、人さまにはどうでもよいことばかりを
ゴタゴタと書きつけて
昇さんに見せようというだけです

     1

これは
小さい町の町はずれの
竹やぶの蔭のお話です
その竹藪は明るくゆれて
風が吹くとサヤサヤとささやき渡り
子供が向うから小石を投げると
カラン・カラ・カラ・カチッと
青い幹にあたって鳴りひびく

その竹やぶのこちら側に
小さいお寺があるのです
お寺には本堂のわきに庫裡があって
庫裡の裏に離れがあって
その離れの縁側の静臥椅子に
もう三年もジッと寝ているお寺の子なの
それが私

お母さんは小さい時に亡くなって
お父さんと二人きりで
他に耳の遠い婆やさんが一人
お父さんはお寺の主人だから、もちろん、お坊さんよ
ほら、今も朝早くから
お経をあげて、おつとめなさってる!
ほらね、ポクポクポク、ポクポクポク!
良い音でしょ?
あれは、トクガワ時代から
このお寺に伝った木魚だそうよ
ちかごろでは私の腰もめったに痛まないけど
時々ズキズキする朝があっても
あの木魚の音とお父さんのお経を聞いていると
痛みが少しづつ薄らいで行くのです
ポクポク、ポクポク!

     2

それはそうと、もうソロソロ八時だから
竹藪の小みちを通って
昇さんがここに来る頃です
昇さんはうちのお隣りの
花を育てる農園の一人息子です
私より二つ年上だから今十九で
私とは小さい時からの仲良しで
昼間はお父さんの手伝いで
温室の手入れや市場への切り花の荷出しで働きながら
夜間の学校に通っている
昇さんは毎朝のようにお父さんにかくれて
温室の裏をまわって
垣根の[#「垣根の」は底本では「恒根の」]穴をソッと抜け
竹やぶの径を小走りに
私のところに来てくれます
「光ちゃんよ、お早う!」
「昇さん、お早う!」
「元気…

えあ草紙で読む
find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2024 Sato Kazuhiko