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若菜の巻など
わかなのまきなど
作品ID47950
著者堀 辰雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第五卷」 筑摩書房
1982(昭和57)年9月30日
初出「創元 第一巻第五号」1940(昭和15)年8月倍大号
入力者tatsuki
校正者岡村和彦
公開 / 更新2013-03-17 / 2014-09-16
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 最近「かげろふの日記」「ほととぎす」それから「姨捨」と續けて平安朝の女たちの日記に主題を求めて短篇を書いてばかりゐますせゐか、屡[#挿絵]平安朝文學に就いて何か書けなどと言はれますので、どうも飛んだ事になつたと思つてゐます。まだ、そんな事について一家言をもてるほど、とつくりと讀んぢやゐないし、――いままで讀んだ二つ三つのものだつて自分勝手のいい加減な讀み方だし、――しかし、少し讀み出して見たところではなかなか好いので、これから大いに勉強するつもりはつもりでいろいろとその勉強の計畫も立ててゐますけれど、今のところそれに就いてかれこれ喋舌るのは、どうも氣が引けるのです。

          [#挿絵]

 この間も「文學界」の折口信夫さんを中心とした座談會にひつぱり出されました。ほかならぬ折口さんの事ですので、そのお話が聞きたくて、僕も少し熱のある身體を押して出かけました。が、僕はなんにも喋舌るほどのことがありませんでしたので、殆ど默つて折口さん達のお話しするのを聞いてゐただけの事でした。――源氏物語の事などが大ぶ座談の中心になりましたが、同席せられてゐた青野季吉さんなんぞは毎日六時間づつも讀まれて、それで八ヶ月かかつて全部お讀み上げになつたさうです。まあ平安朝の文學を云々するのには源氏物語が一番大事なものでせうし、それを精讀してゐないと話になりませんのに、僕はまだそれすらところどころ走り讀み位しかしてゐませんので、結局默つてもゐたわけですが、――そんな話を聞いてゐるうちに、その源氏が猛烈と讀みたくなつて來て困つてしまひました。しかし、僕はいま他の仕事を控へてゐて、そんな八ヶ月はおろか、その三分の一ほどの閑暇さへちよつと得られさうもないので、家へ歸つて來てからも二三日そんな心を外へそらせるのに手古摺つた位でした。――が、それもやうやつと、この夏の間に「若菜」二卷だけでもゆつくり讀み返すことにして置かうと、そんな情熱を抑へつけてゐるところへもつてきて、こんな文章を書かなければならない羽目になりました。

          [#挿絵]

 まあ、いま他にはちよつと思ひついた事がありませんので、その座談會で折口さんなどのお話をききながら、いろいろと考へさせられてゐた事でも少し書いて見ませう。
 源氏物語五十四帖、――あの大きな物語では、僕なんぞのやうな初心者には光源氏を中心にした卷々よりも、薫の宇治の十帖の方がどうも入り易いし、親しみやすいやうに思はれるものです。(青野さんなんぞもさう仰つてゐられた。)それで僕もこつちは少々讀んでをりますが、――事實、折口さんのお話では、文章もずつとやさしくなつてゐるさうです、――それは一つは薫とか、總角の君とか、浮舟などの、やや近代小説にでも出てきさうな面白い性格をもつた人物が出てくるせゐでせうが、――折口さんなんぞにはさうい…

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