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エマオの旅びと
エマオのたびびと
作品ID47954
著者堀 辰雄
文字遣い旧字旧仮名
底本 「堀辰雄作品集第四巻」 筑摩書房
1982(昭和57)年8月30日
初出「東京日日新聞」1940(昭和15)年1月25日
入力者tatsuki
校正者染川隆俊
公開 / 更新2010-07-07 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


「我々はエマオの旅びとたちのやうに我々の心を燃え上らせるクリストを求めずにはゐられないのであらう。」これは芥川さんの絶筆「續西方の人」の最後の言葉である。「我らと共に留れ、時夕に及びて日も早や暮れんとす。」さうクリストとは知らずにクリストに呼びかけたエマオの旅びとたちの言葉はいまもなほ私たちの心をふしぎに動かす。私たちもいつか生涯の夕べに、自分の道づれの一人が自分の切に求めてゐたものとはつい知らずに過ごしてゐるやうなことがあらう。彼が去つてから、はじめてそれに氣がつき、それまで何氣なく聞いてゐた彼の一言一言が私たちの心を燃え上らせる。
 いま、「西方の人」の言葉の一つ一つが私の心に迫るのも丁度それに似てゐる。例へば「クリストの一生の最大の矛盾は彼の我々人間を理解してゐたにも關らず彼自身を理解出來なかつたことである。」――これまで私たちは芥川さんくらゐ自分自身を理解し、あらゆる他の人間の心を通して自分自身をしか語らなかつたものはないやうに考へがちであつた。しかし、いまの私にはそれと反對のことしか考へられない。芥川さんもやはり自分を除いた我々人間を理解してゐたばかりである。我々に自分自身が分かるやうな氣のしてゐたのは近代の迷妄の一つに過ぎない。



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