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白いシヤツの群
しろいシヤツのむれ
作品ID47997
著者田中 貢太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-09-16 / 2014-09-21
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 清は仲間の安三から金の分け前を要求せられてゐた。彼はそれを傍の者に知られないやうにと、自分の眼の前へひよつとこ顔を突出してゐる相手の言葉を押へつけた。
「まア、飲め、飲め、酒を飲まない奴は、話せないよ」
 清はビールのビンを手にして安三のカツプに注いだ。
「酒も飲むがな。酒も飲むが、あれも貰ふがな、」
 安三は小さな眼をちか/\動かした。
「君は夢でも見たのか、をかしな奴だな、つまらんことをいはずに、飲め、」
「つまらんことをいはんがな、あれを貰ふというてまうがな、」
「馬鹿だなあ、電車のパスしかなかつたといつてるぢやないか、欲しけれやくれてやらう、」
「ヘツ、ヘツ、ヘツ、ヘツ、」
 安三は相手を馬鹿にしたやうな笑ひ方をして見せた。
「馬鹿、」
「馬鹿でも阿呆でも宜しいがな、あれを貰へば、」
「パスならやるよ、」
「ヘツ、ヘツ、ヘツ、ヘツ、」
「しやうのない奴だな、ぢや何をくれといふんだ、」
「野猪貰ひまほか、」
「まだあんなことをいつてる、野猪も鹿もあるもんかね、パスだよ、パスといつてるぢやないか、煩さいな、」
「煩さいというたかて、あたい黙りまへんぜ、あんたが野猪くれるまで、」
 清の頭に昨夜の光景が映つた。それは電車からおりた女をつけて行つて、露次の内で押へつけたことであつた。
(声を出したら殺してしまふぞ、これを持つてるぞ)
 懐ろにしてゐた短刀を鞘ぐるみ出して、それを女の右の手先に触はらした。女は脊のすつきりした体を壁に寄せかけて、切れの長い大きな眼を暗い中におど/\さしてゐた。と、一緒にゐた安三が、女のかけてゐた灰色に見えるシヨールを引奪つて、その端を女の口に持つて行つた。
(声を立てたら命がないがな、おまはん好い子やから、黙つとりなはれ、)
 女は少しも抵抗しなかつた。
(よし、静かにしてゐるなら俺達も乱暴はしやしない、)[#「)」は底本では「」」]
 春先のやうな暖かな晩であつた。その露次はすぐ先が行き詰りのやうになつてゐて右に折れ曲り見附には長屋の横手の壁らしい物があつた。
 下駄の音が聞えて、何人かゞ此方の方へ曲つて来ようとした。
(来た、)
 安三がいつた時には、もう女から離れて逃げようとしてゐた。
(財布がありまつせ、)
 安三の声に気が注いて、離れようとした女の懐に手をやると、蟇口らしい物がすぐ手に触れた。で、それを掴むなり走つたが、走つてゐる内に安三と別れ別れになり、一人下宿へ帰つて、赤い衣でこしらへたその蟇口を開けてみると、三十円に近い金が這入つてゐた。……
 しかし清は、安三が幾等何んといつたところで、金の有無を知らう筈がないと思つてゐるので、気が強い。
「しつこい奴だな、好いかげんにしろ、君は俺がごまかしてるとでも思つてるのか、何か証拠でもあるのか、」
「証拠はありやへん、あたいは見てへんから、」
「見てゐないに、君は怪し…

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