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提灯
ちょうちん
作品ID48002
著者田中 貢太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「伝奇ノ匣6 田中貢太郎日本怪談事典」 学研M文庫、学習研究社
2003(平成15)年10月22日
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2009-09-16 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 八月の中頃で国へ帰る連中はとうに帰つてしまひ、懐の暖かな連中は海岸へ行つたり山へ行つたり、東京にゐるのは金のない奴か物臭か、そのあたりのバーの女給にお思召を付けてゐる奴か、それでなければ僕等のやうに酒ばかり飲み歩いてゐる奴ばかりなんでしたよ。
 ある晩例によつて僕と、も一人の友人とで、本郷三丁目のバーで飲んでゐると二人の仲間がやつて来たんです。其所で四人の者が一緒になつて飲んでゐる内に、
「これから、何所かへ旅行しようぢやないか、」
 と云ひだして、気まぐれな連中の揃ひだから、好からうと云ふことになつてたうとう其所から電車に乗つて東京駅へ行つたんです。
 それで一つお話しておかないといけないことは、その時一緒に行つた山本と云ふ男が酒を飲んでゐる内に変なことを云ひだしたんです。山本は巣鴨にその時ゐたんですが、山本の下宿から電車へ行く所に、一方が寺の垣根になつて一方が長い長い塀になつた淋しい所があつて、其所に電燈が一つ寺の垣根に添うて点いてゐるさうですよ。なんでもその電燈は石なんかで壊れないやうに円い笠を針金の網で包んであるさうです。その電燈の傍に樫のやうな木の枝がおつ覆さるやうになつてて、風の吹く晩などには、その樫の葉の具合で電燈の光が変に見えるから、夜遅く其所を通る時には気になつて何時も見ると云ふんです。ところで二三日前の晩にやはり僕達と遅くまでバーを歩いてて赤電車に乗つて帰つて其所を通りながら、その電燈が気になるのでそれを見い見い歩いて行つてその下へ行つたところで、電燈の笠が針金の網の中でちやうど地球儀がまはるやうにくるくるとまはつたさうです。山本は吃驚して立ち止つて見るともう別に動いてゐるやうでもない、眼のせいだらうそれとも何時ものやうに風の具合で木の葉が動くためにあんなに見えたんだらうと思つて、木の葉に注意して見たが木の葉はぢつと静まつててすこしも動いてゐない。では怖い怖いと思つてゐるからそれでまはつたやうに見えたらうと思つて、電燈から眼を引かうとするとまたくるくると地球儀をまはすやうにまはりだしたんで、山本は吃驚して下宿へ走つて帰つてもうそんな所を夜二度と通るのは厭だと云て、その日から森川町にゐる友人の下宿へ移つたと云ふ話がもとになつていろいろと神秘的な話に入つてそれから夜の旅行と云ふことになつたんです。
 まだ九時頃でした。神戸の方へ行く汽車があつたからそれに乗つて向ふに着いたのが十一時すこしまはつた時でした。其所からあの海岸へは三里くらゐあるんですね。宿屋は石垣と云ふ旅館で其所と心易い者があつたから、何時行つても好い室はないにしても一晩くらゐ都合をつけてくれるだらうと云ふやうなことで、停車場前でまたビールを一二本飲んでそれから歩いたんです。真暗に曇つた晩で海岸の方からすこし風が吹いてゐたが生温い気持の悪い風でした。それにビールを沢山飲んでゐるか…

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