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レモンの花の咲く丘へ
レモンのはなのさくおかへ
作品ID48087
著者国枝 史郎
文字遣い新字新仮名
底本 「伝奇ノ匣1 国枝史郎ベスト・セレクション」 学研M文庫、学習研究社
2001(平成13)年11月16日
初出「レモンの花の咲く丘へ」東京堂書店、1910(明治43)年10月
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2008-12-24 / 2014-09-21
長さの目安約 146 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

[#ページの左右中央]
この Exotic の一巻を
三郎兄上に献ず、
兄上は小弟を愛し小弟
を是認し小弟を保護し
たまう一人の人なり。
[#改ページ]

序に代うるの詩二編


孤独の楽調

三味線の音が秋の都会を流れて行く。
霧と瓦斯との青白き光が
Mitily の邦の悲哀を思わせる
宵。……………………

唄うを聞けや。
艶もなき中年の女の歌、
節は秋の夜の時雨よりも
凋落の情調ぞ。

私の思い出は涙ぐみ
ただ何とはなしに人の情の怨まるる。
その三味線と女の歌の聞こゆる間。

木の葉が瓦斯の光に散っている。

君代さん

さし櫛に月の光が落ちている
君代さん。

冴えた霜夜の
秋の白さ。

涙ぐみつつ露は窓のガラスに伝い
老いたる木の葉は散っている。

君代さん
十八の君代さん

鼈甲のさし櫛は
若いあなたには老けすぎた。

(別れし夕の私の印象。)
[#改ページ]

死に行く人魚


時代 騎士の盛なりし頃
場所 レモンの花の咲く南の国
人物 序を語る人
   公子
   女子
   領主
   従者
   Fなる魔法使い
   騎士、音楽家、使女、童、(多数)
[#改ページ]

序を語る人
 旧教僧侶の着る如き長き黒衣を肩より垂れ、胸に紅き薔薇花をさす。青白き少年の仮面を冠る。
独白――
 レモンの花の咲く南方の暖国はここであります。黄昏は薔薇色の光を長く西の空に保ち、海には濃き藍の面を鴎が群れ飛び、鴎を驚かして滑り行く帆船は遙かの沖をめがけます。日は音なく昇り、音なく沈み、星と露とは常に白く冷やかにちょうど蛋白石のように輝きます。湖水の岸には橄欖の林あり、瑠璃鳥はその枝に囀る。林の奥に森あり、香り強き樟脳は群れて繁り、繁みの陰には国の人々珍しき祭を執り行う。ああその祭たるや筆にも言葉には尽くせません。螺鈿の箱に入れた土耳古石を捧げて歩む少女の一群、緑玉髄を冠に着けたる年若き騎士の一団。司祭の頭には黄金の冠あり。……御厨の前の幕をかかぐる時、神体は見えざれども数千人の人々は声を揃えてサンタマリヤを唱う。その唱命は海の彼方の異国の涯にまで響きます。――この美しい南国の人々の心はどのように華やかでござりましょう、その人々の語り合う恋は、どのように秘密の烈しさを有していることでしょう。この脚本は、その秘密の烈しい恋を基として、演じられるのでござります。私はこれからこの脚本の諸々の色と匂い、光と陰、無音と音楽とをお話し致しましょう。
 この脚本は夕暮より始まり、次の日の夜半に終ります。夜はこの脚本の舞台であります。この脚本には短ホ調の音楽と、短嬰ヘ調の音楽とが入ります。尚その他いろいろの楽器、例えば死せる人を弔う鐘、遂げられざる恋の憂いを洩らす憐のバイオリン、悪魔の誘惑を意味する銀の竪琴、騎士の吹く角の笛、楯につけたる鉄と真鍮の喇叭、そして波も松風も嘶く駒…

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