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日本の近代的探偵小説
にほんのきんだいてきたんていしょうせつ
作品ID48108
副題――特に江戸川乱歩氏に就て――
――とくにえどがわらんぽしについて――
著者平林 初之輔
文字遣い新字新仮名
底本 「平林初之輔探偵小説選Ⅱ〔論創ミステリ叢書2〕」 論創社
2003(平成15)年11月10日
初出「新青年 第六巻第五号」1925(大正14)年4月号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-02-05 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 探偵小説を、一般の小説から、特にきりはなして、これを特殊の眼で見、特殊の批評の尺度をもってこれにのぞみ、あたかも、探偵小説が、先天的に、特殊の価値を約束されているように見做すのは、間違いであると私は考える。
 たとえば、コナン・ドイルが、結局イギリスにおいて二流の作家に過ぎないと仮定しても、それだから探偵小説が第二義的の芸術価値をしかもたぬとは言えない。それはコナン・ドイルの芸術的天分が、二流以上に出ないというだけのことで、探偵小説そのものの価値には少しも触れない議論である。その証拠には、アラン・ポーと同時代のアメリカの作家で、ポー以上の芸術的天分を発揮した作家がはたしてあっただろうか? 前者の論法をもってすれば、この場合には、探偵小説が最高の芸術価値をもった小説であるという議論がなりたつわけである。
 探偵小説は、探偵事件をとり扱った小説であるというだけで、一般の小説との間に価値の差異や高下があるものでないことは、以上のべた通りであるが、探偵小説が発達するためには、一定の社会的条件が必要であるということはもちろんである。一定の社会的環境ができあがらないうちは、探偵小説は生まれないのである。その社会的条件、あるいは環境とは、広義に言えば、科学文明の発達であり、理知の発達であり、分析的精神の発達であり、方法的精神の発達である。そしてこれを狭義にいえば、犯罪とその捜索法とが科学的になることであり、検挙および裁判が確実な物的証拠を基礎として行われ、完成された成文の法律が、国家の秩序を維持していることである。
 たしかなことは、調べてみなければわからないけれども、探偵小説の重要な要素となっている指紋などは、恐らく小説家の想像力よりも、実際の探偵に早く応用されたであろう。また極端な例ではあるが、地下鉄のサムがすりの常習犯であるにもかかわらず、現状を押さえられないというだけの理由で、官憲につかまらないことや、小説ではないけれどもいつか本誌〔『新青年』〕に連載された「死刑か無罪か」の主人公が疑わしい点が無数にあるにかかわらず、直接の証拠がないために無罪になるというようなことは、一定の法律によりて検挙、裁判が行われてはじめて起こる現象である。これらの例だけでも、私の前にあげた条件が、探偵小説の出現に必要であることはわかるであろう。
 そこで、西洋では探偵小説は十九世紀になってはじめて現れ、最近において最も読み物として普及しているのであり、日本では、ごくごくの最近に、はじめて探偵小説がぼつぼつあらわれたに過ぎないのである。しかし、日本に探偵小説があらわれたのは、決して遅すぎはしない。近代の小説は、ボッカチオにまで溯らずとも、少なくも、十八世紀には相当の有名な作品をのこしている。しかるに日本における近代小説は、せいぜい明治十七八年以前へは辿ってゆけない。近代小説がはじめ…

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