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昭和四年の文壇の概観
しょうわよねんのぶんだんのがいかん
作品ID48121
著者平林 初之輔
文字遣い新字新仮名
底本 「平林初之輔探偵小説選Ⅱ〔論創ミステリ叢書2〕」 論創社
2003(平成15)年11月10日
初出「新潮 第二六年第一二号」1929(昭和4)年12月号
入力者川山隆
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-01-28 / 2014-09-21
長さの目安約 30 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

はしがき

 社会現象の過程は、全体性においてのみ完全に理解することができるので、それを部分的に、局所的に理解することは不可能である。だから、昭和四年の文壇に起こった現象の過程も、他の社会現象との連関において、また、少なくも最近数年間の過程との連関においてのみ、はじめて理解することを許されるであろう。だが、ここではそういう企図ははじめから放擲せねばならぬ。私はただ若干の特徴的な事実を列挙し、それに対する簡単な解説を加えることだけで満足し、それ以上の仕事は読者自身に一任しておこうと思う。
 それに私はいま正確な資料を前においてこの文章を起草しているのではなくて、思い出すままに筆をとっているのであるから、記憶の不正確をおそれて、具体的な記述に入ることはなるべく避けようと思う。また、ここに許された程度の紙面では、具体的記述にわたることは、実際にそうしようと思ってもできるものでない。
 なるべく公平に見てゆこうと思うのだが、これも畢竟私の眼で見た公平にすぎないので、すべての人が私と同じ眼をもっていない以上不可能なことであろう。

一 通俗小説の勢力

 最も多数の読者をもっているという点において、最も大量に生産される新聞と雑誌との文芸欄を占有しているという点において、通俗小説の勢力は、今年においても少しも衰退を見せないのみならず、かえって、ますます読書界の寵児となりつつある。その顔触れは大体において変化を見ない。依然として菊池寛であり、三上於莵吉であり、中村武羅夫であり、加藤武雄である。だが、これらの第一線の作家が、従来主として、新聞と婦人雑誌とによっていたのが、近年目だって、娯楽雑誌にまで進出して、娯楽雑誌専属のお抱え作家の勢力が急激に閉息してきたこと、そして、いわゆる「文壇」から、通俗小説の作家が頻々として現れてきたことは、特に昭和四年度における著しい特徴の一つだと言えよう。これは十九世紀の後半にフランスあたりの文壇におこった現象、アレクサンドル・デュマや、ウージェーヌ・シューのような作家を輩出せしめたのと同じ現象、すなわち金の力が最も力強く作家の創作活動を刺激するようになってきた現象に外ならないと私は思う。ブルジョア社会におけるすべての原動力は金である。社会の全面をあげて、現代はゴールド・ラッシュの時代である。金が作家の創作の刺激になるのは当然である。従来の日本作家には、まだまだこの意味では、封建時代の文人気質が多く残っており、どんなに勘定高い文人でも、他の職業人に比べるとまだまだ金銭に対する観念が淡白であったし、どんなに収入の多い作家でも、その所得額平均十万円の単位を突破し得る人はほとんどなかったろうと思う。だが産業合理化の段階にはいった資本主義の現段階では、清貧に甘んじたり、怠けていたり、濫費したりすることは、文人にとっても美徳ではなくてかえって悪徳となる…

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