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麦藁帽子
むぎわらぼうし |
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作品ID | 4813 |
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著者 | 堀 辰雄 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「燃ゆる頬・聖家族」 新潮文庫、新潮社 1947(昭和22)年11月30日発行、1970(昭和45)年3月30日26刷改版 |
初出 | 「日本國民」日本國民社、1932(昭和7)年9月号 |
入力者 | kompass |
校正者 | 染川隆俊 |
公開 / 更新 | 2004-02-02 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 32 ページ(500字/頁で計算) |
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私は十五だった。そしてお前は十三だった。
私はお前の兄たちと、苜宿の白い花の密生した原っぱで、ベエスボオルの練習をしていた。お前は、その小さな弟と一しょに、遠くの方で、私たちの練習を見ていた。その白い花を摘んでは、それで花環をつくりながら。飛球があがる。私は一所懸命に走る。球がグロオブに触る。足が滑る。私の体がもんどり打って、原っぱから、田圃の中へ墜落する。私はどぶ鼠になる。
私は近所の農家の井戸端に連れられて行く。私はそこで素っ裸かになる。お前の名が呼ばれる。お前は両手で大事そうに花環をささげながら、駈けつけてくる。素っ裸かになることは、何んと物の見方を一変させるのだ! いままで小娘だとばかり思っていたお前が、突然、一人前の娘となって私の眼の前にあらわれる。素っ裸かの私は、急にまごまごして、やっと私のグロオブで私の性をかくしている。
其処に、羞しそうな私とお前を、二人だけ残して、みんなはまたボオルの練習をしに行ってしまう。そして、私のためにお前が泥だらけになったズボンを洗濯してくれている間、私はてれかくしに、わざと道化けて、お前のために持ってやっている花環を、私の帽子の代りに、かぶって見せたりする。そして、まるで古代の彫刻のように、そこに不動の姿勢で、私は突っ立っている。顔を真っ赤にして……
[#挿絵]
夏休みが来た。
寄宿舎から、その春、入寮したばかりの若い生徒たちは、一群れの熊蜂のように、うなりながら、巣離れていった。めいめいの野薔薇を目ざして……
しかし、私はどうしよう! 私には私の田舎がない。私の生れた家は都会のまん中にあったから。おまけに私は一人息子で、弱虫だった。それで、まだ両親の許をはなれて、ひとりで旅行をするなんていう芸当も出来ない。だが、今度は、いままでとは事情がすこし違って、ひとつ上の学校に入ったので、この夏休みには、こんな休暇の宿題があったのだ。田舎へ行って一人の少女を見つけてくること。
その田舎へひとりでは行くことが出来ずに、私は都会のまん中で、一つの奇蹟の起るのを待っていた。それは無駄ではなかった。C県の或る海岸にひと夏を送りに行っていた、お前の兄のところから、思いがけない招待の手紙が届いたのだった。
おお、私のなつかしい幼友達よ! 私は私の思い出の中を手探りする。真っ白な運動服を着た、二人とも私よりすこし年上の、お前の兄たちの姿が、先ず浮ぶ。毎日のように、私は彼等とベエスボオルの練習をした。或る日、私は田圃に落ちた。花環を手にしていたお前の傍で、私は裸かにさせられた。私は真っ赤になった。……やがて彼等は、二人とも地方の高等学校へ行ってしまった。もうかれこれ三四年になる。それからはあんまり彼等とも遊ぶ機会がなくなった。その間、私はお前とだけは、屡々、町の中ですれちがった。何にも口をきかないで、…