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鳥料理
とりりょうり
作品ID4817
著者堀 辰雄
文字遣い新字新仮名
底本 「燃ゆる頬・聖家族」 新潮文庫、新潮社
1947(昭和22)年11月30日発行、1970(昭和45)年3月30日26刷改版
初出「行動」1934(昭和9)年1月号
入力者kompass
校正者染川隆俊
公開 / 更新2004-02-12 / 2022-12-29
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     前口上

昔タルティーニと云う作曲家が
Trillo del Diavolo[#「Trillo del Diavolo」は斜体]と云うソナータを
夢の中で作曲したと云う話は
大層有名な話である故、
読者諸君も大方御存知だろうが、
一寸私の手許にある音楽辞典から引用してみると、
何でもタルティーニは或晩の事、
自分の霊魂を悪魔に売った夢を見たそうな。
その時悪魔がヴァイオリンを手にとって
いとも巧に弾奏し出したのは
到底彼の企て及ばざりし奇しき一曲。
「余は前後を忘れて驚嘆したり。
余の呼吸は奪われたり。
しかして余は夢より目覚めぬ。
余は余のヴァイオリンを取り出でて
余が聞きたる音調をそれに止め置かんと試みたり。
されどそは遂に効を奏さざりき。
その時余が作りたる楽曲、即ち Trillo del Diavolo[#「Trillo del Diavolo」は斜体]は
余が夢中聞きたるものと比較せば、
その及ばざること甚だ遠し。」
これは晩年大作曲家自らが
彼の友人の天文学者ラランドに洩らした感慨だそうな。
さて、左様なタルティーニが感慨はさることながら、
微々たる群小詩人の一人に過ぎぬ私も
夢の中で二三の詩の構想を得たばかりに、
何んとかしてそれに形体を与えようと随分苦しみ[#挿絵]いたものだ。
しかし夢中ではあんなに蠱惑的に見えた物語の筋も、
目覚めてみれば既にその破片しか残ってはおらず、
何度私はそれ等の破片を、朝毎に
海岸に打ち揚げられる漂流物のように
唯手を拱いて悲しげに眺めたことか。
「ああ、夢の中の詩人の何んと幸福なことよ。
ああ、それに比べて現実を前にした詩人の何んと惨めなことよ。」
そんな溜息を洩らしながら昨夜も私は寝床に這入った。
実は雑誌記者が夕方私の所にやって来て
どうでも明日までに原稿を書いて貰わねば困ると云うのである。
私は徹夜をしてもきっと間に合わせると約束をして其奴を撃退してやったが、
それからすぐ睡くなって、「これぁ不可ん。こうして
居るよりか、ひとつ夢でも見て詩の良導体になってやろう。」
そう考えながら寝床に這入り、私はそのまま他愛もなく眠ってしまった。
それから何やらごたごたと沢山夢は見たけれど、
今朝目を覚ましたら皆忘れていた。
勝手にしやがれ、と私は糞度胸を据えて
黒珈琲を飲みかけようとした途端に、こんな事を思いついた。
「己の書こうと思っている夢のコントの中では魔法使いの婆さんが
鳥の骨ばかりになった奴にソオスをぶっかけて
そいつを己に食わせやあがったが、
あれはあれでちょっと乙な味がしたぞ。
己もひとつその流儀で行こうかしらん。
己のやくざな夢の残骸にウオタアマン・インクをぶっかけてやったら、
何とかそれなりに恰好がつくかも知れぬ。
よし、それで行こう……」

     1 奇妙な店

 私の見る夢には大概…

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