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賢所御神楽の儀
かしこどころおかぐらのぎ
著者羽田 亨
文字遣い旧字旧仮名
底本 「羽田博士史學論文集 下卷 言語・宗教篇」 東洋史研究會
1958(昭和33)年11月3日
初出「大阪毎日新聞附録」1928(昭和3)年11月13日
入力者菅野朋子
校正者きゅうり
公開 / 更新2020-05-15 / 2020-05-02
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 春興殿の南門外、左(東)に鏡と玉を、右(西)に劍を、それ/″\頂きに懸けた一對の大眞榊の間を進み門を入つて左右の幄舍につくことすべて昨日賢所大前の儀の通りである。見上ぐれば殿上南面の中央に垂れさせられた御簾を挾んで、南廂に坐する黒衣の掌典二人、その左に續いて茜袍が九人、末なる一人が南、東兩廂の角、いづれにも見透しの利く場所に位置したのはすべて相圖に任ずるためであることは、昨日の御儀から知り得られた。いふまでもなくこれらのすべてが優美な垂纓の微かにゆらめく背を參列者に向けて、神殿に面して笏を正すのである。きのふと變り、庭上に嚴めしい威儀の士の列立や、華麗な鉦鼓の設けこそなけれ、その中央神樂を奏する舍の三方を、白と淺黄に染分けた斑幔で圍ひ廻らして人目を遮り、神こそは見そなはせと、賢所に面した北の一方だけを開いたのは、更に神祕を深めた感がする。御儀に參列を許されたものすべてが着席し終つたのは、午後四時頃であつた。

 沈默の一分が過ぎるか過ぎぬに廂上からの相圖が僅に動く。忽ちにして天より來るか、地より湧くか、微妙幽玄を極めた旋律が、縷のやうに流れ動く。漂渺たる神韻漸くにして高まつて、現實に奏で出す笙の音と聞きなされる頃には、參列者――少くとも自分の顏筋は少しく緊張の度を弛めた。更に相圖に應じて篳篥の音が加はると見る間に、殿上深く垂れさせられた御簾は、内より二人の茜袍の手に、靜かに捲き上げられる。諸員起立の間に凡そ七分の所で捲き止められると、長閑に掻き鳴らす和琴の音も加はり、やがてのび/\と落ちついた歌聲も聞える。勿論今の世の聲ではない。合間合間のパタ・パタと音のするのは、笏で採る拍子でもあらうか。この間に神饌が供せられ、祝詞が奏せられる。但し左の幄舍の前方三分の一ぐらゐの所に在つた自分の位置からは、御内陣の模樣は窺ひ知ることが出來ず、祝詞の間、相圖により起立して敬禮を表するのみである。

 祝詞が終り、樂の音がやみ、參列諸員が片唾を呑んで、一圖に廂上に注目する間もなく。起立の相圖が行はれる。東廂の北端に人影ゆらぐと見る間に、黒袍の前行に續く御劍御璽の捧持者の間を、黄櫨染の御袍、立纓の冠を召された聖上陛下が、御裾を待從に[#「待從に」はママ]捧げさせ給ひ、げにも威風堂々として出御せさせらる。畏けれど自からなる帝王の御風格とや申し上げるべきであらう。御弟の宮殿下を初め奉り、供奉遊ばさるゝ各宮殿下もすべてまた昨日の通りである。

 やがて聖上陛下御自から御拜を行はせらるゝとおぼしく、殿内西側の座に着かせらるゝ各宮殿下の笏を正して御頭を俯せらるゝ御有樣が伺はれるとともに、御内陣の奧深きあたりとおぼしく、さびたる御鈴の音の、正しき間を置きて響き渡るが聞える。これこそ大神の御聲と覺えて、森嚴の極みである。御大禮の儀ををへさせられ、けふしも事の次第を神靈に告げさせられ、且は御…

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