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花壇工作
かだんこうさく |
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作品ID | 48220 |
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著者 | 宮沢 賢治 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「【新】校本宮澤賢治全集 第十二巻 童話Ⅴ・劇・その他 本文篇」 筑摩書房 1995(平成7)年11月25日 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2008-09-12 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 4 ページ(500字/頁で計算) |
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おれは設計図なぞ持って行かなかった。
それは書くのが面倒なのと、もひとつは現場ですぐ工作をする誰かの式を気取ったのと、さう二っつがおれを仕事着のまゝ支那の将軍のやうにその病院の二つの棟にはさまれた緑いろした中庭にテープを持って立たせたのだ。草取りに来てゐた人も院長の車夫もレントゲンの助手もみな面白がって手伝ひに来た。そこでたちまち箱を割って拵えた小さな白い杭もでき ほうたいをとった残りの晒しの縁のまっ白な毬も出て来た。そこでおれは美しい正方形のつめくさの絨氈の上で夕方までいろいろ踊るといふのはどうだ あんな単調で暑苦しい蔬菜畑の仕事にくらべていくら楽しいかしれないと考へた。それにこゝには観る人がゐた。北の二階建の方では見知りの町の人たちや富沢先生だ富沢先生だとか云って囁き合ってゐる村の人たち、南の診察室や手術室のある棟には十三才の聖女テレジアといった風の見習ひの看護婦たちが行ったり来たりしてゐたし、それにおれはおれの創造力に充分な自信があった。けだし音楽を図形に直すことは自由であるし、おれはそこへ花で Beethoven の Fantasy を描くこともできる。さう考へた。
そこでおれはすっかり舞台に居るやうなすっきりした気持ちで四月の初めに南の建物の影が落ちて呉れ〔る〕限界を屋根を見上げて考へたり朝日や夕日で窓から花が逆光線に見えるかどうか目測したりやってから例の白いほうたいのはじで庭に二本の対角線を引かせてその方庭の中心を求めそこに一本杭を立てた。
そのとき窓に院長が立ってゐた。云った。
(どんな花を植えるのですか。)
(来春はムスカリとチュウリップです。)
(夏は)
(さうですな。まんなかをカンナとコキア、観葉種です、それから花甘藍と、あとはキャンデタフトのライラックと白で模様をとったりいろいろします。)
院長はたうたうこらえ兼ねて靴をはいて下りて来た。
(どういふ形にするのです?)
(いま考へてゐますので。)
(正方形にやりますか。)
どういふ訳か大へんにわかにその博士を三人も使ってゐる偉い医学士が興奮して早口に云った。
おれはびっくりしてその顔を見た。それからまわりの窓を見た。そこの窓にはたくさんの顔がみな一様な表情を浮べてゐた。愚かな愚かな表情を、院長さんとその園芸家とどっちが頭がうごくだらうといった風の――えい糞考へても胸が悪くなる。
(えゝもう どうせまはりがかういふぐあいですから対称形より仕方ありますまい。)
おれも感応した帯電体のやうにごく早口に返事した。院長がすぐ出て行って農夫に云った。
(その中心にきれを結びつけてこゝのとこまで持って来て、さうさう それから円を描きたまへ。関口、そこへ杭をぐるっとまはすんだ。)
院長は白いきれを杭の外へまはした。
あゝだめだ正方形のなかの退屈な円かとおれは思った。
(向ふの建物から丁度三間距離を置いて…