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行乞記
ぎょうこつき
作品ID48231
副題05 室積行乞
05 むろづみぎょうこつ
著者種田 山頭火
文字遣い新字旧仮名
底本 「山頭火全集 第五巻」 春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日
入力者小林繁雄
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-02-15 / 2014-09-21
長さの目安約 21 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

  一鉢千家飯
          山頭火
□春風の鉢の子一つ
□秋風の鉄鉢を持つ

雲の如く行き
水の如く歩み
風の如く去る
          一切空

 五月十三日 (室積行乞)

まだ明けないけれど起きる、まづ日暦を今日の一枚めくり捨てゝから空模様を見る、有明月の明るさが好晴を保證してゐる。
今日はいよ/\行乞の旅へ旅立つ日だ。
いろんな事に手間取つて出かけるとき六時のサイレン。
汽車賃が足らないから、幸にして、或は不幸にして歩く外ない。
長沢の池はよかつた、松並木もよかつた。
大道――プチブル生活のみじめさをおもひだす。
それから、――それから二十年経過!
佐波川の瀬もかはつてゐた。
若葉がくれの伯母の家、病める伯母を見舞ふことも出来ない甥は呪はれてあれ。
私を見つめてゐた子供が溝に落ちた、あぶない。
暑い風景である。
おもひでははてしなくつゞく。
宮市……うぶすなのお天神様!
肖像画家S夫妻に出くわした、此節は懐工合よろしいらしく、セル、紋付、そして人絹!
富海で、久しぶりに海のよさをきく。
大道、宮市、富海――あれこれとおもひでは切れないテープのやうだよ。
お宮の松風の中で昼食、一杯やりたいな。
転身の一路がほしい。
富海行乞、戸田行乞、二時間あまり。
さりとは、さりとは、行乞はつらいね!
S君の家はとりこぼたれてゐた、S君よ、なげくな、しつかりやつてくれ。
自動車、それは乗客には、そして歩くものにはまさに外道車!
旧道はよろしいかな、山の色がうつくしくて、水がうまくて。
今、電話がかゝつてゐるから、行乞の声をやめてくれといふ家もあつた、笑止とはこれ。
一銭から一銭、一握の米から一握の米。
暮れて徳山へついた。
徳山は伸びゆく街だ。
白船居では例のごとし、酒、飯、そしてまた酒。
雑草句会に雑草のハツラツ味がないのはさみしかつた、若人、女性を見分したのは白船老のおかげ、感謝、感謝。
白船居の夢はおだやかだ、おだやかでなければならない。
白船老いたり、たしかに老いたり。
けふいちにちはあるきつゞけた、十里強。
行乞はつらいね。
可愛い子には遍路をさせろ。
行乞は他を知り同時に自を知る。
 月見草もおもひでの花をひらき
・春まつりの、赤いゆもじで乳母車押してきた
・春もゆくふるさとの街を通りぬける
・はぎとる芝生が春の草
・かきつばた咲かしてながれる水のあふれる
 五月晴、お地蔵さんの首があたらしい
 松蝉があたまのうへで波音をまへ
 たちよればしづくする若葉
・夏山のトンネルからなんとながいながい汽車
・踏切も三角畑の花ざかり
・竹の子みんな竹にして住んでゐる
 はるかに墓が見える椎の若葉も
・松並木ゆくほどに朝の太陽
・こゝでやすまう月草ひらいてゐる(大道)
・音もなつかしいながれをわたる(佐波川)
・ふるさとの山はかすんでかさなつて(宮市)
・…

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