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行乞記
ぎょうこつき
作品ID48232
副題06 北九州行乞
06 きたきゅうしゅうぎょうこつ
著者種田 山頭火
文字遣い新字旧仮名
底本 「山頭火全集 第五巻」 春陽堂書店
1986(昭和61)年11月30日
入力者小林繁雄
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-02-18 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 六月三日 (北九州行乞)

一年ぶりに北九州を歩きまはるべく出立した、明けたばかりの天地はすが/\しかつた、靄のふかい空、それがだん/\晴れて雲のない空となつた、私は大股に歩調正しく歩いていつた。
嘉川を過ぎると峠になる、山色水声すべてがうつくしい、暑さも眠さも忘れて、心ゆくばかり自然を鑑賞しつゝ自己を忘却した。
十一時すぎて船木着、三時まで行乞、泊つて食べるだけの物資をめぐまれて、かしわやといふ安宿に泊つたが、申分のない宿だつた、おかずもよろしいし、御飯もたつぷりあつた、風呂もわいてゐたし水もよかつた、蒲団もきれいで相客までが好人物ぞろひだつた、これで、木賃料三十銭とは!
こゝろよく酔うて話がはづんだ。
 山ふところの花の白さに蜂がゐる
 松風松蝉の合唱すゞし
 こゝがすゞしい墓場に寝ころぶ
   河の向岸は遊廓、家も女も
   田園情趣ゆたか
・水をへだてゝをなごやの灯がまたゝきだした
 をとこがをなごに螢とぶ水
  今日の行乞所得
米 一升三合
銭 三十八銭
落葉石のおもひで(周陽時代)

 六月四日

昨夜は興に乗じて焼酎を飲みすぎたので胃の工合はよくないけれど、ぐつすりと眠れたので気分は軽い。
行程六里、厚狭行乞。
山に陽が落ちてから黎々火居へ落ちつく、心からの歓迎をうけた、ありがたかつた。
近来にないうまい酒うまい飯であつた。
ずゐぶんたくさん水を飲んだ。
 飲みすぎの胃袋が梅雨ちかい空
 おべんとうひろげるまうへから陽がさす
・水もさつきのわいてあふれる
 女房に死なれて子を負うて暑い旅
 若竹がこまやかなかげをつくつてゐた
   黎々火居二句
 夜もふけた松があつて蘭の花
 盛花がおちてゐるコクトオ詩抄
  本日の所得
米 一升一合
銭 五十六銭
フクロウはうたふ、ボロキテホウコウ!

 六月五日

朝、黎々火君と散歩する、長府は気品のある地である、さすがに士族町である、朝早く、または月の夜逍遙遊するにふさはしい、しづかで、しんみりしてゐて、おちついた気分になる。
覚苑寺、功山寺、忌宮、等々のあたりをそゞろあるきする、青葉若葉、水色水声、あざやかでなつかしい。
心づくしの御馳走を遠慮なくよばれる、ひきとめられるのをふりきつてお暇した。
行乞米を下さいといつてお布施を下さる、写真をとつてもらふ、端書、巻煙草、電車切符を頂戴する、――何から何までありがたい。
黎々火居は家も人もみんなよかつた。
今日は陰暦の端午、柏餅、笹巻餅を味つた、草餅のかをり、それは遠い少年のかをり、伝統日本のかをりだ。
長府から下関へ電車、門司へ船、そしてまた電車でまつしぐらに戸畑へ。
入雲洞居はなつかしい、入雲洞君の飾らない厚意が身にしみる、酒はもとよりいはずもがな。
食後、市街を漫歩する、戸畑市の輪郭だけは解つたから、明日は行乞しようと思ふ。
昨夜も今夜も絹夜具、私に…

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