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![]() ごちゅうにっき |
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作品ID | 48253 |
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副題 | 04 (四) 04 (よん) |
著者 | 種田 山頭火 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「山頭火全集 第五巻」 春陽堂書店 1986(昭和61)年11月30日 |
入力者 | 小林繁雄 |
校正者 | 仙酔ゑびす |
公開 / 更新 | 2009-02-24 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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其中一人として炎天 山頭火
七月十一日
天気明朗、心気も明朗である。
釣瓶縄をすげかへる、私自身が綯うた棕梠縄である、これで当分楽だ、それにしても水は尊い、井戸や清水に注連を張る人々の心を知れ。
百合を活ける、さんらんとしてかゞやいてゐる、野の百合のよそほひを見よ。
椹野川にそうて散歩した、月見草の花ざかりである、途上数句拾うた。
昼食のおかずは焼茄子、おいしかつた。
此頃は茄子、胡瓜、胡瓜、茄子と食べつゞけてゐる。
・けさは逢へる日の障子あけはなつ(追加一句)
青田いちめんの長い汽車が通る
・炎天かくすところなく水のながれくる
・涼しい風が、腰かける石がある
・すずしうて蟹の子
・ふるさとちかく住みついて雲の峰
水をわたる高圧線の長い影
・日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ
野菜に水をやる、栄養の水でもあれば感謝の水でもある。
△其中庵はまことに雑草の楽園であり、虫の宿である、草は伸びたいだけ伸び、虫は気まゝに飛びあるく。……
蜩! ゆふべの窓からはじめて裏山の蜩を聞いた。
とても蚊が多いから、といふよりも、私一人に藪蚊があつまつてきて無警告で螫すから、まだ暮れないのに蚊帳を吊つて、その中で読書、我儘すぎるかな。
△或る日はしづかでうれしく、或る日はさみしくてかなしい、生きてゐてよかつたと思ふこともあれば、死んだつてかまはないと考へることもある、君よ、孤独の人生散歩者を笑ふなかれ。
・昼寝の顔をのぞいては蜂が通りぬける
もつれあひつつ胡瓜に胡瓜がふとつてくる
・炎天のの虫つるんだまんま殺された
・もいでたべても茄子がトマトがなんぼでも
心中が見つかつたといふ山の蜩よ
今から畑へなか/\暮れない山のかな/\
追加一句
・飯のしろさも家いつぱいの日かげ
七月十二日
月明に起きて蛙鳴を聴く、やがて蝉声も聴いた。
玉葱といつしよに指を切つた、くれなゐあざやかな血があふれた、肉体の疵には強い私だが、疵の痛みには弱い私だ。
生死一如、物心一枚の境地――それは眼前脚下にある、――それが解脱だ。
五時半出立、九時から十二時まで秋穂行乞、三時半帰庵。
米 二升二合 酒 弐十銭
今日の所得 今日の買物
銭 二十六銭 ハガキ 三銭
この二合の酒はとてもうまかつた、文字通りの甘露だつた。
秋穂はさすがに八十八ヶ所の霊場だけに、殊に今日は陰暦の二十日だけに、お断りは殆んどなかつた。
・朝月まうへに草鞋はかろく
・よち/\あるけるとしよりに青田風
・朝月に放たれた野羊の鳴きかはし
・田草とる汗やらん/\として照る
・木かげ涼しくて石仏おはす(改作)
・炎天の虫をとらへては命をつなぐ
・一人わたり二人わたり私もわたる涼しい水
・重荷おろすやよしきりのなく
小豆飯と菓子との…