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半七捕物帳
はんしちとりものちょう
作品ID483
副題52 妖狐伝
52 ようこでん
著者岡本 綺堂
文字遣い新字新仮名
底本 「時代推理小説 半七捕物帳(四)」 光文社時代小説文庫、光文社
1986(昭和61)年8月20日
入力者tatsuki
校正者菅野朋子
公開 / 更新2000-02-09 / 2014-09-17
長さの目安約 43 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 大森の鶏の話が終っても、半七老人の話はやまない。今夜は特に調子が付いたとみえて、つづいて又話し出した。
「唯今お話をした大森の鶏、鈴ヶ森の人殺し……。それと同じ舞台で、また違った事件があるんですよ。まあ、ついでにお聴きください。御承知の通り、江戸時代の鈴ヶ森は仕置場で、磔刑や獄門の名所です。それですから江戸の悪党なんかは『おれの死ぬときは畳の上じゃあ死なねえ。三尺高い木の空で、安房上総をひと目に見晴らしながら死ぬんだ』なんて大きなことを云ったもんです。鈴ヶ森で仕置になった人間もたくさんありますが、その中でも有名なのは、丸橋忠弥、八百屋お七、平井権八なぞでしょう。みんな芝居でおなじみの顔触れです。
 その当時の東海道は品川から浜川、鮫洲で、鮫洲から八幡さまのあたりまでは、農家や漁師町が続いていますが、それから大森までは人家が途切れて、一方は海、いわゆる安房上総をひと目に見晴らすことになる訳で、仕置場までの間を鈴ヶ森の縄手と呼んでいました。その縄手を越えて、仕置場の前を通りぬけて、大森の入口へ差しかかるのですから、昼は格別、夜はどうも心持のよくない所です。芝居で見ると、幡随院長兵衛と権八の出合いになって『江戸で噂の花川戸』なんて云うから、観客も嬉しがって喝采するんですが、ほんとうの鈴ヶ森は決して嬉しい所じゃありませんでした。
 なにしろ場所が場所ですから、日が暮れると縄手に追剥ぎが出るとか、仕置場の前を通ったら獄門の首が笑ったとか、とかくによくない噂が立つ。しかしこれが東海道の本道なんですから、忌でも応でもここを通らなければならない。この頃は汽車で通ってしまうので、今はどうなっているか知りませんが、その縄手の中ほどに一本の古い松がありまして、誰が云い出したものか、これを八百屋お七の睨みの松と云い伝えていました。お七が鈴ヶ森で火あぶりの仕置を受けるときに、引き廻しの馬に乗せられてここを通りかかって、その松を睨んだとか云うんです。なぜ睨んだのか判りませんが、まあ、そういうことになっているので、俗に睨みの松と呼ばれていました。
 くどくも申す通り、場所が場所である上に、そういう因縁付きの松が突っ立っているんですから、その松の近所がとかくに物騒で、追剥ぎや人殺しや首縊りの舞台に使われ易いんです。
 わたくしの話はいつも前口上が長いので恐れ入りますが、これだけの事をお話し申して置かないと、今どきのお方には呑み込みにくいだろうと思いますので……。いや、もうこのくらいにして、本文に取りかかりましょう」

 安政六年の春から夏にかけて、鈴ヶ森の縄手に悪い狐が出るという噂が立った。品川に碇泊している異国の黒船から狐を放したのだなどと、まことしやかに伝える者もあった。いずれにしても、その狐はいろいろの悪戯をして、往来の人々をたぶらかすというのである。さなきだに物騒…

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