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粕壁夜行記
かすかべやこうき
作品ID48315
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-09-06 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第三回の夜行を粕壁に爲すこととなりけるが、夜光命も來らず、十口坊も來ず、山神慨然として、『妾を伴ひ給へ』と乞ふ。似たもの夫婦と、人や云ふらむ。裸男承知して、將に家を出でむとすれば、伊藤薊山、上京したるばかりの足にて、來り訪ふ。裸男の行裝を見て、『何處へ行く』と問ふ。夜行の事を告ぐれば、『相變らず元氣なる事かな。われも共に行かむ』といふ。『われを元氣といふ君こそ、相變らず元氣なれ』とて、相笑ふ。薊山今は太田中學校の教員なるが、裸男とは青年時代の舊學友にして、殊に遠足仲間也。幾んど日曜ごとに遠足したりき。いづれも貧乏書生の事とて、人並に汽車に乘る贅澤は出來ず。十四里の鎌倉へ、徹夜して行き、徹夜して歸りたることもありき。徹夜するのみならず、野宿したることもありき。或時、日は暮れかゝる、雨はふる、寒さ身を裂く、腹はペコ/\になる、薊山小便せむとするに兩手凍えて、自からズボンの釦を外すこと能はず、裸男代りて外してやりたることなどもありき。兩人とも當時盛んに遠足したればこそ、今日の元氣もあるなれと、裸男ひそかに鼻うごめかす。
 義甥の鹽井健男、同西山巖夫、甥の政長、豚兒三人も加はり、總勢九十三人、午後九時を以て、千住大橋を發足す。
 參謀本部測量五萬分の地圖に據りて見しに、大橋より粕壁町の入口まで七里十一町あり。例に因りて、裸男幹部となりて、一行に殿す。薊山もあり、畫家の岡本一平氏もあり、西村醉夢もあり。山神は之に加はらず、少し前の方を歩ける樣子なりき。
 千住大橋より二里十二町にして、草加町の入口に達す。家竝の長さ十三町あり。町幅ひろく、宏壯なる家も少なからず。うつかり『さうか』と返事すれば、『さうかは千住の先だよ』と、よく江戸ツ兒の駄洒落云ふは、こゝの事也。蒲生に至りて、幹部の四人休息して、握飯を食ふ。裸男携へたる竹のステツキの栓を外し、先づ自から之を口にあてて、一口飮む。一同『何だ』と問ふ。『酒だ、飮み給へ』とて薊山に渡せば、『なる程酒だ』。一平氏も、醉夢も、『酒だ/\』。一同大いに喜んで、順次ステツキをまはして、飮み盡くす。これ裸男が自製新發明のステツキ也。中に入れたる酒の量は、二合五勺あり。『杖頭の錢』といふことは、支那にありたるが、『杖中の酒』は、他に其例を聞かずと、一同の喜び興ずるを見て、裸男大得意也。
 越ヶ谷を過ぎて、始めて鷄鳴を聞く。『鷄聲茅店月、人跡板橋霜』の古句、今に新たなるを覺ゆ。ステツキの酒に一同元氣づきしが、草木も眠る丑三の空、眠くはなる、脚は疲れる、休息すること數多くなりぬ。一平氏疲勞すること、最も甚し。『千葉に行きし時は達者なりしに』と訝れば、『あの時は達者なりき。爾來一年餘、身體肥るにつれて、脚力は衰へたり』といふ。四五町毎に一と休みして歩みたるが、粕壁の旅店に達したる時、夜は未だ明けざりき。
 例の如く、朝食を終へて、解散すれば、雨…

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