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北條より一ノ宮へ
ほうじょうよりいちのみやへ
作品ID48422
著者大町 桂月
文字遣い旧字旧仮名
底本 「桂月全集 第二卷 紀行一」 興文社内桂月全集刊行會
1922(大正11)年7月9日
入力者H.YAM
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2008-12-17 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

        一 人形茶屋

安房北條の海岸に、家を擧つて寓居すること凡そ一箇月。那古に遊び、船形に遊び、洲崎に遊び、鷹ノ島に遊び、沖ノ島に遊び、手ぐり網の船をさへ放ちて、菱花灣上、到る處に我が遊蹤を印しけるが、取りわけて一つ我眼にとまれるものあり。人形茶屋是れ也。
 柏崎の海岸にありて、鷹ノ島と相對し、四阿の如きものに壁を付けたるが、屋根の上の中央に、木製の人形の面を置く。面の長さ二尺餘り、眞白に塗り、髮を丁字髷にす。聞く、これ主人自から作れるものなり。茶屋も亦主人自から工夫して建築せる所に係る。この主人、工匠を好み、細工道具を手にして居りさへすれば、終日厭くことを知らず。爲に商賣のさはりになるとて、細君に叱らるゝこと少なからず。人形の面の如きも、細君に隱して、こつそり細工すること二年にして出來上りたるものなりとかや。技の巧拙は問はず、其熱心と根氣とは實に感心也。而して人形茶屋の名を博して、遊客の注意を惹ける點より見るも、決して細君の叱るが如き徒勞にはあらず。殊に其名利を超脱して細工に優遊せるは、今の世の藝術家にも其比少なかるべし。

        二 天幕の一夜

五六人臥するに足るだけの天幕を持ち行きけるまゝにて、之を用ゐたること無かりしに、西村醉夢來り訪ひ、氣を吐いて曰く、寶の持腐れといふことあるが、天幕の持腐れは氣の利かぬ話也。今夜之を張らずやと。我等顏色なし。さらばとて、直ちに天幕を濱邊に張れり。之に臥したるは醉夢と余と甥一人豚兒三人なりき。醉夢も兵士として出征せし時には、露營の經驗もあれど、久しく都門の風塵に生活せる今の身に取りては、餘りに急激の變化也。翌日熱少し出でて、頭があがらざるは、氣の毒なりき。其病ひ癒えたるかと思へば、小兒を相手に、終日赤條々となりて砂の砲臺を築き、白皙の背中、爲に赤くなり、ぴり/\痛み出しけるが、終に背中より肩、兩腕へかけて、一面にぽつ/\水腫を生ず。重ね/″\の災難也。われ針を以て一々之をつぶしけるが、それも幸にして一夜にして癒えたりき。

        三 鯛の浦

いよ/\房州を引揚ぐるに際し、他は船にて都にかへし、醉夢と余と長男の三人は、安房の東海岸より上總へかけて廻り路して歸らむとて、北條より馬車に乘り、鴨川、天津を經て、小湊に達し、先づ誕生寺に詣づ。伽藍堂々、山に據り、海に俯す。小湊は實に日蓮誕生の聖地也。この地、更に鯛の浦の奇觀あり。舟を雇ふ。浪高し。大丈夫かと問へば、舟子笑つて曰く、大丈夫なればこそ舟を出す也。數日前までは、凡そ一週間に亙りて、舟を出さざりき。海に千年の我等、舟が覆へりても命に別條は無けれど、客の身が大事也。死んでもかまはぬから舟を出せといふ客もありたるが、その客は、自業自得、死んでもかまはざるかも知れざるが、名所に傷が付きて、我等の商賣がばつたり。客が何と云はうが、彼と云はうが…

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