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三人
さんにん
作品ID48459
著者原 民喜
文字遣い新字旧仮名
底本 「普及版 原民喜全集第一巻」 芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日
入力者蒋龍
校正者小林繁雄
公開 / 更新2009-08-25 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より




 遠くの低い山脈は無表情な空の下に連ってゐた。しかしその山脈を銀のナイフで切れば血が噴き出すかも知れない――何だかさう云ふ気持も少しした。鈍い太陽が冬枯れの練兵場の上にあった。眺めはまるで人生のやうに退屈であった。今日は正月二日なので兵士の影もない。そのかはり山裾の道に添って、三人の青年がとぼとぼと歩いてゐた。彼等はさっきから沈黙くらべでもしてゐるらしく、てんでに素気ない顔をしてゐた。だが、その重苦しい気分に反抗するために、一人の男の濃い眉は時々無意識に動いた。また、一人の男の瘠せて怒った肩は窃に或る表情を見せてゐた。また、一人の青白い男の唇の隅はピクピクと巫山戯てゐた。しかし三人は三人とも口をきかなかった。
 この不思議な沈黙は何に責任があるのかしら、と青白い男は唇の隅へ煙草を銜へてぼんやりと考へてゐた。彼は大学を二度無意味に落第して、惰性でもう一度落第するかも知れなかった。濃い眉をした男の頬は少し赤かった。彼は肺を病んでぶらぶら散歩して暮すのだった。肩の怒って瘠せた男は画をやるのだが、絵具も持ってゐなかった。彼等は今日も的もなく街で出逢ふと、二口三口言葉を交へて、的もなく散歩に来たのだった。彼等は二十五歳になった。そしてその響は空虚であった。或る悲惨な落伍者のやうな気分が三人の頭を抑へた。
 しかし、それが凡てであらうか。仮りにもし一人が何か素晴しいことを云へば、他の二人も即座に歓声をあげて寛ぐかも知れないのだ、誰もそれを知ってゐながら奇妙に素晴しいと云ふことがなかった。だから黙った。
 山裾を廻って坂になるところまで来た時、眉の濃い男が、「帰らうか。」と云った。他の二人が黙々と同意した。そして三人は街に引返した。そして別れた。
 青白い男は家に帰ると、急ににやにや笑ひ出した。妹がその容子を見てけげんがると、一そう得意になって笑ひ出した。



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