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ジャズ狂時代
ジャズきょうじだい
作品ID48576
著者小野 佐世男
文字遣い新字新仮名
底本 「猿々合戦」 要書房
1953(昭和28)年9月15日
入力者鈴木厚司
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-02-28 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

お嬢さんはジャズがお好き

 浮風にさそわれて隅田川のボート・レースをながめていたら、
「アラ、小野の旦那、いいところでお会いしましたわ」
 お隣りの奥さんが一人娘のポッポちゃんをつれて、途方に暮れた顔。
「このポッポたらしょうがないのですよ、私が猫の手でも借りたいぐらい忙しいというのに、馬鹿々々しいたら、国際のジャズ大会につれて行けっていうんですよ。こんなアプレ娘一人でやれば、何を仕でかすかわからないし、しかたがないのでここまでは来ましたが、どうせ先生は遊んでいるんでしょう。イイエ、いつもブラブラしていらっしゃいますんでしょう。このジャズ娘連れて行ってやって下さいな。ほんとにこまったオッチョコチョイ娘ですよ。ではおたのみしましたわよ、これでも私の一人娘、掌中の珠みたいなものですから、そそっかしくあつかわないでちょうだい、ではよろしくオホホ、これで安心」
 チョチョ、ちょっと待って、というひまもなく、人混の中に消えて行ってしまった。
「ヘヘエ、小野のオジさん連れてってね――」
 十六娘のくせに、ちょっとウィンクした。
「うちのお母さん馬鹿なのよ、私がジャズを勉強して、素晴しいジャズ・シンガーになる、そうすれば美空ひばりや江利チエミのように有名になるでしょう、素晴しいわ、一本の映画出演料が二百万円、一回の舞台出演料が十万円、私の眼が鳩のように可愛いいってポッポていうのよ、芸名は鳩ポッポとするわ、すごいなあ、そうなれば、お母さんも豪勢な家に住めるし、自家用車も二台位もてるのに、神ならぬ身の知るよしもなく、お母さんたらジャズ娘、ジャズ娘って怒るのよ」
 アア世はまるで熱病か台風のように、日本全土は猛烈な勢いでジャズ熱に浮かされているのである。救われざるジャズの群の一人ポッポちゃんも、ここに早や百度程度の高熱患者である。
「サァ、おじさん早く行こう、レッスンしに」「レッスン?」
「ポッポにとっては国際劇場は教室よ」
 アアわれここに至りては負けたり、歩くのにもジャズの如く踊りの如く、人の流れにおし流されて行ったのである。

超満員のホット・ジャズ

「おじさん素晴しいわ、やっぱりラグビーやるだけあって、あの物凄い切符売場で買えたわね」
「すごいね、御覧よ、おかげでワイシャツやぶいちゃったよ、なんてものすごい人だろう」
 やっと指定席に坐って汗をふいたのである。日本一巨大なる劇場といわれる国際が、立錐の余地もなく廊下にあふれて、若い青年や少女がひしめいている。アア世は正にジャズ狂時代である。
 開幕のベルが鳴りひびいて、静かに緞帳が上げられるや、待ってましたと客席は嵐のような拍手、舞台一ぱい絢爛と飾られた雛段には、スター・ダスターズのドラム、トロンペット、サクソフォン、キラキラ星の如く銀色を放つ楽器の数々が眼もまばゆい位、チェックのスーツを着た、渡辺弘の派手やかなタク…

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