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字で書いた漫画
じでかいたまんが |
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作品ID | 4867 |
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著者 | 谷 譲次 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「日本の名随筆 別巻31 留学」 作品社 1993(平成5)年9月25日 |
入力者 | 土屋隆 |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2008-02-25 / 2014-09-21 |
長さの目安 | 約 14 ページ(500字/頁で計算) |
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1
あめりか街上風景。
HOBOなる一個の非職業的職業に従事している尊敬すべき二紳士が、町角の煙草屋の前で日向ぼっこをしながら、ひねもす何ごとか議論し合っている。
忙しい都会の執務時間にあって、それはいかにもひねもすといった長閑な図。
このエッチ・オウ・ビイ・オウ――ホボ。
主として、呑気で喧嘩ずきなアイルランド人が専門とする一種の哲学的浮浪人。楽天家。饒舌家。慷慨家。資本主義を呪う者、呪わないまでも、はじめから降参しているもの、家系を重んずる人、おもんじない人、固いカラーとかたい仕事の嫌いな者、――等すべてこれに属す。
仕事――しゃべるほか何もしない。
特徴は。
第一。鼻が赤い。
第二。すでに紳士だから世のつねの紳士のごとく、いかに身に粗服をまとうとも靴の先だけは木賃宿の寝布で拭いて光らせている。
第三。四季を通じて山高帽使用のこと。
第四。噛みつく犬と噛みつかない犬とを一瞥して見わける技能。
それも田舎まわりのホボとなると、自然を愛好したり、農繁期に麦をむしったり、裏口から覗いて一食にありついて、その代りに薪を割ったり、毛布一つで農村労働者に「自覚」と「団結」を促して歩いたり、鶏を盗んだり山火事を起したり、貨物列車にぶら下って旅行したり、これを要するにたいして悪いことはしないが、それでは都会のホボは何かよくないことをするのかというと、これもべつに害毒を流すというわけではなく、まずせいぜい悪事を働いたところで、通行人からマッチを借り、ついでに煙草を貰い、そしてもし相手が東洋人だったら、ちょっとその機会を利用して人種的軽蔑を示すくらいだ。
かえって、あめりか都市の添景人物として、なくてはならないのがこのホボ。
で、ふたりのホボが、街角の煙草屋の前で、往来を見ながら議論している。
A「おい、ジミイ、煙草はもうそれ一本しかないんだぜ。そんなに一人で喫わずに、いいかげんにこっちへも回せよ。」
B「よし! そんなら賭けをして、勝ったほうがしまいまで喫むことにしよう――ほら、あそこに二人電車を待ってる女がいるだろう? あのなかの茶色の外套を着たほうが先きに電車に乗るか、それとも黒いほうがさきか、ひとつ賭けしようじゃないか――おれは茶色だ!」
A「するとおれは黒をとるわけだな。」
そのうちに電車が来て、黒の外套を着た女が素早く乗ってしまうと、遥かむこうの煙草屋のまえでは、一本の煙草が他へ移って、口の焼けるまで心ゆくばかり吸われるというわけ。
何を決めるにも賭けだが、これはなにもホボにかぎったことはない。あめりか人は、幌馬車時代の冒険心がのこっているものか、天下国家の大事でも、日常の些事でも、I'll bet. You bet your life. I'll match you でなくては、気がすまないとみえて――。
共…