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『蒲団』を書いた頃
『ふとん』をかいたころ
作品ID48806
著者田山 花袋 / 田山 録弥
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十四巻」 臨川書店
1995(平成7)年4月10日
初出「サンデー毎日 第三年第十六号」1924(大正13)年4月6日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者hitsuji
公開 / 更新2022-01-22 / 2021-12-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



『何うして、あんな「蒲団」のやうな作が歓迎されたでせうな?』かうある人が言つたが、作者自身でも、何うしてあんな作が今でも売れてゐるかと思はれるほどである。少くともあの作は四五万は売れた。
 しかし、あの時分のことを思ひ出すのは愉快だ。あの時分のことを思ふと、国木田君の顔と一緒に渋谷のさびしい別荘のやうな家が浮び出して来る。小諸から『破戒』の未成稿を抱いて出京して来た島崎君のあの大久保の通りに面したトタン屋根の狭い二畳が浮び出して来る。皆な元気で『今に見てをれ!』といふやうな心持が潮のやうに私達の心に漲つてゐた。
 何うして私達のグルウプが出来たらう? 何の縁故も持たず、何の学歴をも同じうせず、また何の生立をも同じうしないで、何うして私達のあのグルウプが出来て行つたらう? 私達は言はゞ彼方此方から流れ出て来た川が、水源では何の関係をも持つてゐない川が、ある期間、ひとりでさびしく流れて来て、微かな微かな音を立てて流れて来て、そして一緒に落合つて、一つの大きな流れを成したやうなものであつた。国木田君は「国民新聞」派から、島崎君は「文学界」派から、私は何方かといへば「硯友社」派から出て来て、そして次第に一緒に雑り合つて行つた。
 何を目当に雑り合つて行つたかといふのに、それは『新しさ』といふことと『真面目さ』といふこととを以て。また現代の外国文学、ことに大陸の文学に互に同じやうにあくがれてゐたといふ形を以て。またあまりに多い文壇の党閥を憎んで、それから離れるといふ心持を抱いて。何の不自然もなしに、静かに落附いて雑り合つて行つたのであつた。一番先きに国木田君が『運命』を書き、次に島崎君が『破戒』を書き、私は一番おくれて『蒲団』を書いた。



 今日から見ても、矢張、ああいふ作品の生れて行くに都合の好いやうな当時の文壇の潮流であつた。硯友社は既に崩れた。その後身であつた藻社も、若い人達の集合であつたにも拘らず、新しいヨウロツパの思潮に触れず、唯、単に技巧と娯楽とを基礎にしたやうな作品ばかりを公にしてゐた。当時の大家連も、新進作家征伐に倦んで、皆な田舎に行つたり、筆を絶つたり、口を噤んだりしてゐた。鴎外漁史すら、小倉の師団に赴任して、『末流文壇』などと言つて、その当時の文壇を罵倒してゐた。それに、見遁すことの出来ないのは、その当時、新聞や雑誌の小説のレベルがぐつと下つて、草村北星や田口掬汀の通俗小説が到るところに歓迎されてゐたことであつた。
 何方かといへば、小説はすたれて詩が盛んになつてゐた。
 時代の推移といふことは、その社会の空気の一張一弛に常に関係があるものだが、矢張十九世紀の個人思想、科学思想、虚無思想が微かながらもこの東洋の一孤島にその波動を打寄せつつあつたので、そこから『新しさ』は常に孕まれつつあつたのであつた。
 その頃、私達の体に一番強く響いて…

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