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「西周哲学著作集」序
「にしあまねてつがくちょさくしゅう」じょ
著者井上 哲次郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「西周哲學著作集」 岩波書店
1933(昭和8)年10月20日
初出「西周哲學著作集」岩波書店、1933(昭和8)年10月20日第1刷
入力者岩澤秀紀
校正者フクポー
公開 / 更新2018-12-07 / 2018-11-24
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 西周氏は元と石州津和野の人である。けれども蚤に江戸に出で幕府に仕へ、幕府の命により和蘭ライデン大學に留學し、教授フ[#挿絵]ツセリングに就いて主として法制の學を修めたのである。留學中已にカントの永遠平和の論を知り、又コントの實證哲學に興味を感じたやうである。而して歸來明治初年に至つて哲學に關する著譯を發行し、加藤弘之、西村茂樹等と共に我國哲學發生の源頭を成したのである。然れども尚ほ仔細に是等と比較對照して之を考ふるに何人よりも早く指を哲學研究に染めたること明瞭的確、復た疑を容るゝの餘地がない。已に明治七年に『百一新論』を著はして百教皆哲學によつて總括せらるべきことを論じたのである。哲學と云ふ術語の用ひられたのも是れを以て始めとなすのである。同年又『致知啓蒙』を著して之を發行したが、是れが亦我國に於ける論理學の嚆矢である。但し論理學と云ふ術語は氏の譯語ではない。明治十年に至つて氏はミルのユーチリタリアニズムを飜譯して『利學』と題して世に公にし、其翌年米國人ジヨセフ・ヘーブンのメンタル、フ[#挿絵]ロソフ[#挿絵]ーを譯して『心理學』と題し、其上卷を發行し、又一年を經て其下卷を發行したのである。心理學と云ふ學名も、此書名によつて一定したのである。氏の哲學的傾向は大體經驗主義的實證主義的であつた。氏の和蘭在學中に經驗學派の哲學者オプゾーマーの影響もあつたかも分らぬが兎に角ミル、スペンサー等の影響を受くること多大であつた。特にミルに尸祝したのである。ミルは言ふ迄もなくコント派の人であつた。西周氏が未だ進化論を唱道するに至らなかつた所を考へて見るとスペンサーの影響はミルのそれ程ではなかつたやうである。氏は加藤弘之や津田眞道のやうに唯物主義を唱道することを敢てしなかつた。然し氏を理想主義者と見るには餘り經驗主義的實證主義的傾向が勝つて居つた。氏は福澤諭吉に先ちて大に女性の敬重すべきことを認めたのであるが、是れ亦蓋しミルの影響であつたであらう。氏は蘭、英、佛の諸國語に通じ、又漢學の素養があつた。漢學は主として頼山陽の門人後藤松陰に學んだのである。それで氏は譯語を鑄造すること頗る巧妙で、而して又文才に富んで居つた。曾て『心理學』を譯するに當つて其中引用せられたる詩句を或は漢詩に或は新體詩に巧妙に譯出したのである。新體詩は明治十五年余等の發行せる『新體詩抄』を以て起原となすのであるけれども、氏がそれより三年前に已に之を試みたことは十分注目に價すると思ふ。其譯詩に云く、
劔を杖に。松陰の。巖※[#「てへん+掌」の「手」に代えて「冴のつくり」、U+6490、2-8]へて。吐息つく。時哉見ゆる。若武者は。是は抑軍の。使かや。見れば衣の。美麗さ。新郎とかも。訝またる。其鬚髯の。新剃は。秋田を刈れる。刈稻の。齊へる樣に。さも以たり。近づく儘に。馨ふ香は。そも時款貨舖の。娘かも。指に挾…

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