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ヴィルヘルム・ヴント
ヴィルヘルム・ヴント
著者川合 貞一
文字遣い新字新仮名
底本 「心理学講座 第1卷 Ⅱ 7 人物評伝」 中山書店
1953(昭和28)年9月30日
入力者岩澤秀紀
校正者hitsuji
公開 / 更新2019-08-16 / 2019-07-30
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 筆者は一九〇一年から一九〇三年にかけてライプチヒ大学にまなび、ヴントの講義を聴いた。丁度いまから半世紀前のことである。したがってその記憶も最早ぼやけてしまっている。しかしこの思出を書くについて彼の自伝(Erebtes und Erkanntes 1920)をひもといて見ると、彼の思想その他について、これまで漠然と考えていたことがかなりはっきりしてきたように思う。が、ヴントのように、己が思想の展開に絶えず心掛け、それを修正し、純化するを忘れなかった学者の思想を、正しく把握するということは容易なことでないのはいうまでもない。
 ヴントは一八三二年南独バーデンのネッカラウ村の一牧師の家に生れた。一八五一年から一八五六年までチュービンゲン・ハイデルベルヒおよびベルリン大学で医学をまなんだ。そして一八五六年ハイデルベルヒ大学においてハッセ教授の下で『炎症を起し変性を起した器官における神経の変化』(Die Ver[#挿絵]nderngen der Nerven in entz[#挿絵]ndeten und degenerierten Erganen[#「Erganen」はママ])という論文を提出して学位をとり、ハッセの臨床助手として働いたのであるが、当時クリニークにいる患者の中に、皮膚および筋肉麻痺を病んでいる者のいくらかに感覚の局所指定の障害のあるのを見た。そこで、彼は、ハインリヒ・ヴェーバーの触感覚の解剖的基礎に疑いを起こし、心理学的に解すべきであるとなし『感官的知覚の理論への寄与』(Beitr[#挿絵]ge zur Theoric[#「Theoric」はママ]der Sinneswahrnehmung)を書いて、一八五八年から一八六二年にかけて合理的医学に掲載した。それが刺激となってヴントは心理学の研究にはいることになった。ところが、その当時心理学といえば、ロッチェ、フォルトラーゲ、フォルクマンの著書論文のようなものがその主なるものであったとのことである。とにかく、彼が心理学の実験的作業を始めたのはハイデルベルヒのクリニークにおいてであって、まだ哲学の根本的研究にははいっていなかった。
 ヴントは一八五七年私講師として大学に就職することになり、生理学を担当した。一八六三年には『人間および動物の心の講義』(Vorlesungen[#挿絵]ber die Menschen und Tiersele[#「Tiersele」はママ])を公にした。この書は、その当時さかんに行われていた進化の思想を、心的生活の発達を感覚や知覚の単純な過程から、さらに一般的な、動物界を包括する研究へおしひろめる計画のもとに書かれたものであるが、動物心理の研究がまだ不十分であり、民族心理学的考察もその当をえないところがあるというので、一八九二年の第二版では書きかえられていくぶん通俗的な実験心理…

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