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黒猫
くろねこ
作品ID48857
著者田山 花袋 / 田山 録弥
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十四巻」 臨川書店
1995(平成7)年4月10日
初出「文芸春秋 第二年第五号 六月特別付録号」1924(大正13)年6月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者hitsuji
公開 / 更新2021-06-29 / 2021-05-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

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 知識は堆積し且つ貯蔵して置くことが出来るが、芸術にはそれが出来ぬ。何故なら、芸術は飽くまでも刹那的で且つ醗酵的であらねばならないからである。
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 曾ては、かういふことを人も言ひ自分も言つた。四十、五十になつたら、ちつとは世の中のこともわかるだらう。少しはすぐれたものも書けるだらうと。想像は全く反対であつた。経験などは決して貯めて置くことの出来るものではなかつた。たとへ貯めて置いたにしても、それは教訓話ぐらゐのものにしか役に立たなかつた。
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 絶えず芸術的気分の醸されてゐるところにのみ、また絶えず燃焼的態度を持してゐるところにのみ、芸術の黒猫は来て坐る。そしてその空気が稀薄になれば、いつでも足音も立てずにそつと出て行つて了ふ。
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 M・K君は言つた。『文章とか、技巧とかは何うでも好いから、もつと力の籠つた本当な素朴なものは出ないでせうかな……。小利口な面白半分の作にはもうあきあきしました』私も至極同感だ。
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 私はまたある人に言つた。『君も酒仙だし、僕も曾つてその一人だつたから、よく飲み込めると思ふが、あの葛西善蔵の『蠢く者』はあれは管ぢやないか。酔払ひが管を巻いてゐるんぢやないか。面白いと言へばそれが面白いのだが、あれからアルコール中毒をさし引けば、ゼロになりはしないかね? ……しかし、それも僕が酒仙でなくなつたのでそれでさういふことをいふのかも知れないけれどもね?』
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 酒をよして一年ほどした後で、私は自分で自分に言つた。『不思議な気がするな。今まで自分の書いたものは、皆な酒が書かせたのだな? ……あのセンチメンタルは皆酒が言はせたのだ……。本当の自分ではなかつたのだ……』果してその本当の自分の方が好いか酒が書かしたものの方が好いか、それは自分にもちよつとわからないが、兎に角さう思つたことを私は繰返した。
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 四月の小説では、何と言つても、あの島崎藤村の『三人』を私は取る。あの若々しさは? あの水々しさは?
 S君は言つた。『さうですね。後れるとか何とか言つたつて、そんなことは大したことはありませんね。丁度あの空を行く雁の列のやうなものですよ。後の雁が先きになつたりすることもありますけれども、またぢきにもとにかへつて行きますよ。後れるとか先だつとかいふことは問題にするには足りないと思ひますね』
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 その同じ人の言葉に、『さうですね。宇野浩二君のものには、とても完璧と言つたやうなものは望むことは出来ないでせうね。何うもナラチイブですね……。その代り何処かにユニツクなところはあるにはありますがね――』
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 誰か新聞と雑誌の文芸欄の編輯振を批評するものはないか。また、何の新聞の小説…

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