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心の階段
こころのかいだん
作品ID48865
著者田山 花袋 / 田山 録弥
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十四巻」 臨川書店
1995(平成7)年4月10日
初出「福岡日日新聞 第一四四三五号」1924(大正13)年1月1日
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者hitsuji
公開 / 更新2021-08-10 / 2021-07-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 十二年は有島君のことだの、武者小路君のことだの、地震だの、大杉君のことだの、いろいろなことがあつた。尠くとも作品そのものよりも、実際的に衝動を受けたことの方が多かつた。それに、私の一身上から言つても、半ば以上を旅に費したりして、しみじみ筆硯に親しんでゐる暇がなかつた。
 静かに考へなければならない時がまたやつて来たやうな気がした。島崎君は老年に徹するといふことをその全集の序言で言つてゐるが、私はその反対に、再び青年にならなければならないやうな気がした。再び青年になつて、あの時分のやうな心持で勉強しなければ、これからの生を満足に送つて行くことは出来さうには思はれなかつた。
 ずつと初めに帰らう。そして一生懸命に勉強しやう! これが私の今の心持であつた。



 幸ひに病気は治つた。それにしても私はこの為めに何んなに心を濫費したらう。何んなに心の弱小者になつて了つたらう。何も彼もそのために引繰り返された。私はその前に、法華経の真剣といふことを持して、むしろそれを十分につかみ得たと信じて、不惜身命などといふことを盛んに口にした。しかしさうしたことは容易に言ふべきことではなかつたのである。
『さうか? お前は本当に不惜身命などといふ尊い心の境をつかみ得たのか。それならば、果して本当に不惜身命であるか否かを試して見るが、何うだ?』かう私は言はれたやうな気がした。私は病気になつて始めて死といふものと相対した。今までにも死とは度々面したと思つてゐるが、それは空想で、本当の死といふものはそんなものではないといふことが始めて分つた。それはあらゆる悲哀、あらゆる慟哭、あらゆる祈祷、あらゆる焦燥を以てしても何うすることも出来ないほどそれは暗い、冷めたいもので、私はそれに触れてひやりとした。何も彼も失つて了つた。しつかり握つたつもりの法華経の真剣などは、いつか何処かに落して了つてゐた。
 私はいつか一度は、その時の心持を書いて見たいとは思つてゐるが、しかもそれは、容易に口で説明することの出来るやうなものでなかつた。私は意気地のない人間をそこに見た。空想に空想ばかりを積みかさねて無意義に生きて来た自分を見た。そこらにある半白の爺と少しも違つてゐない自分を見た。鍍は皆な剥げて行つた。『お前は、それで法華経の一心と真剣とを持してゐたのか?』かう何処かで悪魔が笑つてゐるやうな気がした。



 私はそこ此処に私のあはれな姿を発見した。荒れわたる海の怒濤の中で惨めに戦へてゐる私を発見した。孤独と戦ふために歯を喰ひしばつてつとめて忍耐してゐる私を発見した。次第に私はいろ/\なものを捨てた。かうまで意気地がなくなつたかと思はれるほどいろ/\なものを捨てた。私は唯病気を治すことにのみ全力を挙げた。
 不惜身命どころか、私に取つては、それほど死が絶望でいやでそして恐ろしかつたのであつた。…

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