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初冬の記事
はつふゆのきじ
作品ID48892
著者田山 花袋 / 田山 録弥
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十四巻」 臨川書店
1995(平成7)年4月10日
初出「文章世界 第十一巻第十二号」1916(大正5)年12月1日
入力者tatsuki
校正者hitsuji
公開 / 更新2019-11-27 / 2019-10-28
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 また好きな初冬が来た。今年は雨が多いので、勤めに出かける人などは困つたらうと思ふ。しかしその雨の故か、今年の紅葉の色は非常に好い。私の庭のばかりでない、何処に行つても、濃やかな紅の色彩が何とも言はれない。梧桐の葉などは、いつもならば、黒くしなびてカラ/\と一風に散つて了ふのであるが、今年はそれすら美しく黄ばんだ色を見せてゐる。
 山茶花が厚い深い緑葉の中に隠見してゐるさまも絵に似てゐる。雨に好し、晴に好し、朝に好し、夕暮に好しといふのは此花である。彼岸以後は一雨毎に寒くなつて行くと言ふが、この寒くなつて行く具合が好い、気分が好い。『寒いなア、馬鹿に寒くなつたな、火燵でもやるかな』などと言つて、塞いで置いた炉を明ける。丁度其時分、今年の夏を過した富士見の高原あたりでは、雪が凄じく降り頻つてゐたのである。上諏訪にも十五日には雪が降つた。此間、富士見のK君が来た時には、『もう八ヶ岳は半分雪だ』と言つてゐたが、今ではすつかり真白になつて了つたのであらう。
 ある日は、午後から雨になつた。女の児達は蝙蝠傘は持つて行つてゐるが、降りが強いので、帰るのが大変だらうなどと言つて母親が心配した。姉が九つで、妹が八である。と、妹が先に雨をついて帰つて来た。姉の下駄を持つて行つてやると約束したと言つて、自分で持つて行つてやる。それと行違ひに姉が帰つて来た。今度は姉が妹のことを心配した。そして又迎ひに行つた。そしてまた行違ひになつた。姉は降頻る雨の中を泣きながら帰つて来た。姉妹の情などと言ふものは面白いものだ。
 始めて早稲田に講演に行つた時も、かなりに烈しい風雨であつた。電車まで行く間が億劫なので、車で行くことにした。路は遠いが、抜弁天の方から行く方が好いと最初に私は車夫に注意した。それにも拘らず、車夫は大久保の方の近路を選んだので、戸山の原を抜ける時には、車は全く泥濘の中に陥つて、につちもさつちも行かなくなつて了つた。車を下りて歩かうにも、足駄の丈が立たない。腹は立つし、気は焦々するし、車夫の頓間を罵つて見たが何うも仕方がない。こんな馬鹿々々しいことがあるかと思ひながら、仕方がないので、足袋をぬいで、跣足になつて、満洲の路かとも思はれるやうな深い泥濘の中を五六町歩いて行つた。あとで私は人々と話した。『車はもう時代おくれだ。もう十年も経つと、車はなくなつて了ふであらう。第一、道路からして車の為めの路ではなくなつてゐる。車が交通の中心を成してゐる時分には、市でもせつせと道路の修繕をやつたが、今ではそれにさう重きを置かなくなつて了つた。従つて、路の高低などが一致しなくつて、車の乗り心地が頗ぶるわるい。車はもう駄目だ』
 話をするのが下手なので、多少気にしたが、それでも聞く人は静かに聞いて呉れたので嬉しかつた。自分なんかは、何にも知つてやしない。何にも研究はしてはしない。仕方がないの…

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