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玉野川の渓谷
たまのがわのけいこく
作品ID48914
著者田山 花袋 / 田山 録弥
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十四巻」 臨川書店
1995(平成7)年4月10日
入力者tatsuki
校正者hitsuji
公開 / 更新2021-01-22 / 2020-12-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 K先生。
 私は昔から陶器できこえた尾張の瀬戸に住んでゐるもので御座います。甚だ失礼で御座いますけれども、先生の『日本一周』を読んで、いろ/\感じたことが御座いますので、それで突然こんな手紙をさし上げることになりました。
 私は二十歳の一青年です。
『日本一周』には、前編にも後編にも土岐川のことが書いて御座います。そして先生は之れを激賞されて居られます。是非一度は汽車でなしに川に沿つて歩きたいとまで仰しやつてゐらつしやいます。私はその土岐川について申上げたいと思ふので御座います。
 K先生。
 先生は土岐川と仰しやつた。しかし、私の申上げるのは、美濃に属した土岐川の方よりは玉野川の方が十中八九を占めてゐるので御座います。私は多治見以東については多く知るところが御座いません。そこにも好いところが沢山あるさうですが、それは知りません。一体、この土岐川といふのは、東美濃の土岐郡を流れる中だけの名で、尾張に入つては、玉野川と呼ばれ、更に名古屋平野に落ちて行つては、庄内川と呼ばれて居ります。下流はかなりに大きな川です。
 先生が『日本一周』の中に、丁度四条派の絵巻を見るやうだ。日本にもめづらしい美しい川だと仰つたのは、主として玉野川と称する部分をお指しになつたことは、前後の文章の具合で、それもよくお察し申上げることが出来ます。実際、土岐津多治見間は、矢張同じやうに汽車が渓流に添つてゐたにしても、距離も短かく、眺望も狭く、とても玉野川と呼ばれる部分に匹敵しようとは思はれませんから……。



 K先生。
 それは大正八年の十一月でありました。私は先生が『是非一度は下りて歩いて見たい』といふ言葉に誘はれて、玉野川をつたつて下つて見る気になりました。で、多治見駅で下りて、駅前の下街道を西に行き、十四号トンネルのある池田の稲荷山に先づ登つて見ました。この山から見ますと、多治見平野は稍開けて一目に入つて来ました。この平野は東も南も西も山巒に囲まれてゐて、言はゞまあ猫の額と言つたやうなところで御座います。その東の山間から土岐川は流れ出して来てゐる。そしてこの平野に出て、多治見町を貫いて、暫く平野を流れてゐますが、この稲荷山に突当るのが初めで、また山と山との間を西に流れて行つてゐるので御座います。つまり玉野川の勝は、そこを起点と致して居るので御座います。その時、私はこの玉野川の峡谷がなかつたら、多治見平野は大きな池であつたらうなどと思ひました。
 で、先づ下街道を歩き出しました。これは名古屋から木曾への昔から交通路で、そこに、美濃と尾張との境に、境杉と申す峠が御座います。かなりの難場で、杉が深く繁つて居ります。昔は、これからずつと山の方を名古屋へと出て行きましたので、川には添ひませんので、今汽車の窓から見るあの眺めは、昔の旅客は全く知らなかつたので御座います。否、あの美し…

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