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行つて見たいところ
いってみたいところ
作品ID48996
著者田山 花袋 / 田山 録弥
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 花袋全集 第二十七巻」 臨川書店
1995(平成7)年7月10日
初出「読売新聞」1926(大正15)年3月29日
入力者きゅうり
校正者岡村和彦
公開 / 更新2019-08-09 / 2019-07-30
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 四月から、何処に行つても面白い。海も好い。山も好い。あの温かい風が吹いて来ると、家の中にじつとしてゐられないやうな気がする。此処に少し行つて見たいところを書いて見る。
 五月の中頃あたりに、那須の湯元に行つた時の心持は忘れられない。あそこは冬の長い間眠つてゐて、やつとその時分になつて眼を覚したといふやうな感じのするところで、伊香保などよりもぐつと荒涼としてゐる。山桜はまだ開かないし、蕨などもまだ出ない。どてらを引つかけなければ寒いやうなころがをりをりある。それに、あそこの温泉の位置は芭蕉の行つた時とは丸で違つてゐて、その時分には、あの殺生石から此方へと下りて来る渓流の岸に浴舎が並んでゐたらしいが、何でもひどい洪水があつて、それでそこにゐられなくなつて、今の位置に移つたらしい。此処から三斗小屋を通つて会津に出て行く路は、江戸へ出る間道として、昔はかなりに人通りがあつたらしい。
 塩原はその頃は無論好い。あそこの谷は紅葉よりも新緑の方が好くはないかと思はれるくらゐである。蕨も沢山に出るし、渓流も美しく日に光るし、躑躅や山藤もそここゝに、チラチラしてゐるし、実際、好い感じのするところである。箱根や伊香保などよりはぐつと好い。それに、単に渓谷として見ても、あれに匹敵するやうなものは、日本にも沢山はあるまいと思はれる。塩の湯あたり、小太郎ヶ淵あたりの春色は何とも言はれない。
 日光の川俣温泉、単にさう言つただけでは、誰も知つてゐるものもあるまいが、或はそんなところが日光にあるかえと反問されるかも知れないが、しかしそこにももう一度是非行つて見たいと私は思つてゐる。何でも、人の話では、此頃その温泉の近くにある噴泉塔が評判になつてゐるので、それを見に、団体客などがその山奥まで入つて行くさうであるが、あゝいふところがまたあまりにわるく俗化されずにそのまゝに残されてあるのはなつかしい。そこには何処から行くかといへば、それはあの奥の湯元からまた四里以上も奥深く入つて行かなければならないのである。とても女子供にはむづかしい、中禅寺から行けば、男体山と湯岳との間の凹所を越して、七里も入つて行かなければならないのである。
 噴泉塔は大分人が見に行くらしい。それはかなりに深い山の中にある。ちよつと案内者なしに行かれないであらう。そこは日光の慈観の瀑のある谷に似てゐて、あれよりはぐつと深い。そしてその石灰質の噴泉塔が五六尺の高さに及んでゐて、そこから温泉が絶えず吹き出してゐる。ちよつと奇観である。
 山路がもつと開けて、川俣温泉あたりまでは、女子供でも楽に行けるやうになれば好いと常に私は思つてゐる。
 これに引かへて、鬼怒川方面は大分開けた。今市から中岩橋、藤原、あそこいらには電車がある。私が三十年も昔に『日光山の奥』の中に書いた滝温泉が今は上滝温泉と言はれて、設備もかなりに出来たらしく…

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