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器用な言葉の洒落
きようなことばのしゃれ
作品ID4900
著者薄田 泣菫
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆70 語」 作品社
1988(昭和63)年8月25日
入力者門田裕志
校正者noriko saito
公開 / 更新2014-08-25 / 2014-09-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 前号に細川護立侯のことを書いたから、今日はその御先祖細川幽斎のことを少しく書いてみよう。護立侯もかなり物識りだが、幽斎はそれにもましていろんなことに通暁してゐた。武術はいふに及ばず、その頃古今伝授を受けたたつた一人の男は彼だつたといふので、歌の方の造詣もほゞ察しることができよう。茶も上手で、とりわけ料理がうまかつた。この方では相当うぬぼれを持つてゐた利休なども、幽斎の前には一寸頭があがらなかつたらしく、ある時などはわざわざ頼んで、鶴の料理のお手前を拝見に往つたことがあつた。
 幽斎が頓才があつて、歌の咏み口などが洒落てゐて、おまけに早かつたことは、かなり名高い話である。ある時、わが子の三斎と連れ立つて烏丸家を訪ねたことがあつた。主人の烏丸殿は細川が二人顔を揃へてゐるのを見て、
「細川二つちよつと出にけり」
といつて、ちよつかいを出された。
 すると、幽斎は即座に、
「御所車通りしあとに時雨して」
とつけたので、烏丸殿も感心するよりほかには言葉がなかつたさうだ。その日、幽斎が暇乞ひして帰らうとすると、烏丸殿はわざわざ玄関まで見送つて出られたが、こつそり家来の一人に耳打ちをして、だしぬけに幽斎を後から玄関の式台の上に突き倒させた。(おそろしく近代的なお公家さまで、歌よみを優遇するよりも、苛めることを知ってゐる。)そしてこの歌上手の老人が蛙のやうな恰好をして、まごまごしてゐる間に、
「細川殿、たつた今一首所望いたす。」
と浴びせかけたものだ。すると、幽斎は腰を摩り摩り起きあがりざま、
「こんと突くころりと転ぶ幽斎が
   いつの間よりか歌をよむべき」
とうたつたので、悪戯なお公家さんも手を拍つて嘆賞するよりほかに仕方がなかつた。
 また、ある大名が幽斎を困らさうと思つて、どうぞ歌一首のうちに「ひ」の字を十入れて作つてみてほしいと、難題をいひ出した。幽斎はちよつと思案をしたが、こんな手品師のやうなことは平素仕馴れてゐるので、何の苦もなく、
「日の本の肥後の火川の火打石
   日日にひとふた拾ふ人人」
と詠んでみせた。大名はこりずにまた難題を出して、今度は歌一首のなかに「木」を十本詠み込んでみせてほしいといひ出した。箱庭作りのやうに器用な幽斎は、何の雑作もなく、
「かならずと契りし君が来まさぬに
   強ひて待つ夜の過ぎ行くは憂し」
と、有り合はせの楢と橡と桐と樒と柿と椎と松と杉と柚と桑とを詠み込んで見せたものだ。すると、大名はぜんまい仕掛の玩具でも見せられたやうに首を捻つて感心してしまつたといふことだ。
 歌の話が出たから、これは幽斎のではないが、今一つ歌の話をつけ加へよう。連歌師の山崎宗鑑がある時さるお公家さまを訪ねたことがあつた。公家は宗鑑に、自分は近頃えらい発明をした、それは歌のどんな上の句にでもくつゝけることの出来る下の句だと、出来ることなら農商務省に願ひ…

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