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石を愛するもの
いしをあいするもの
作品ID4901
著者薄田 泣菫
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆88 石」 作品社
1990(平成2)年2月25日
入力者門田裕志
校正者高柳典子
公開 / 更新2005-05-19 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 いろんなものを愛撫し尽した果が、石に来るといふことをよく聞いた。屠琴塢は多くの物を玩賞したが、一番好きなのは石だつた。一生かかつて奇石三十六枚を貯へ、それを三十六峰に見立てて、一つびとつ凝つた名前をつけ、客があるとそれを見せびらかせたものださうだ。鄭板橋はまた好んで石を描いたが、その石といふ石がみんな醜くて、ずばぬけて雄偉なのには、見る人がびつくりしたといふことだ。東坡が『石は文にして醜だ。』といつたのを思ひ合せると、石の醜さを描いたり、愛したりするところに、ほんたうに石を愛するものの本領が見えてゐる筈だ。

 宋代の書家として名声を馳せた米元章は、誰よりもすぐれて石を愛した人であつた。淮南軍の知事になつたとき、役所の庭にふしぎな、醜い形をした大きな石があるのを見て、大よろこびによろこび、早速衣冠をととのへてそれにお辞儀をした。そして
『兄弟。あなたにお目にかかつて、こんな嬉しいことはありません。』
 といつて、石を兄弟扱ひにしたものだ。この大げさな振舞が上役人に聞えて、元章はたうとう役を罷められてしまつたが、彼が石に対する愛情は、いきなり声をあげて
『兄弟……』
 と、懐しさうに呼びかけないではゐられなかつたのに見ても、それが如何に深いものであつたかが解るだらう。

 霊璧は変つた石を産するので名高いところだが、米元章はそこからあまり遠くない郡で役人をしてゐたことがあつた。大の石好きが、石の産地近くに来たのだから堪らない。元章は昼も夜も石を集めては、それを玩んでゐるばかしで、一向役所のつとめは見向かうともしないので、仕事が滞つて仕方がなかつた。ところへ、丁度楊次公が按察使として見廻りにやつて来た。楊次公は、元章とは眤懇のなかだつたが、役目の手前黙つてもゐられないので、苦りきつていつた。
『近頃世間の噂を聞くと、また例の癖が昂じてゐるさうだね。石に溺れて役向きを疎にするやうでは、お上への聞えもおもしろくなからうといふものだて。』
 米元章は上役の刺のある言葉を聞いても、ただにやにや笑つてゐるばかしで、返事をしなかつた。そして暫くすると、左の袖から一つの石を取出して、按察使に見せびらかした。
『といつてみたところで、こんな石に出会つてみれば、誰だつて愛さないわけにゆかないぢやありませんか。』
 楊次公は見るともなしにその石を見た。玉のやうに潤ひがあつて、峰も洞もちやんと具つた立派な石だつた。だが、この役人はそしらぬ顔ですましてゐた。すると、米元章はその石をそつと袖のなかに返しながら、今度はまた右の袖から一つの石を取出して見せた。
『どうです。こんな石を手に入れてみれば、誰だつて愛さないわけに往かないぢやありませんか。』
 その石は色も形も前のものに較べて、一段と秀れたものだつた。米元章はそれを手のひらに載せて、やるせない愛撫の眼でいたはつて見…

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