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名文句
めいもんく |
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作品ID | 4904 |
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著者 | 薄田 泣菫 Ⓦ |
文字遣い | 新字旧仮名 |
底本 |
「日本の名随筆 別巻22 名言」 作品社 1992(平成4)年12月25日 |
入力者 | 門田裕志 |
校正者 | 大野晋 |
公開 / 更新 | 2004-12-08 / 2014-09-18 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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米国のボストンにペン先の製造業者がある。数多い同業者を圧倒して、店のペン先を売り弘めようとするには、何でも広告を利用する外には良い方法が無かつた。で、一千弗の懸賞附で、ペンに関する独創的な名文句を募集する事に定めた。
懸賞附の広告が発表せられると、方々から応募原稿が山のやうに集まつて来た。整理係が汗みづくになつて、それを取り調べてゐると、なかに一通大判な用紙に、剣先で書いたかと思はれるやうな大きな文字で、
「ペンは剣よりも偉大なり。」
と認めてあるのがあつた。そして御叮嚀に附箋までして、
「一寸都合がありますから、懸賞金は電報為替でお送り下さるやうに。」
と添へ書がしてあつた。
整理係はそれを見て、一寸からかつてみたくなつた。で、早速手紙を出して、貴方の応募原稿は素晴しく立派に出来てゐるが、あの名文句が貴方の独創であるといふ証拠さへあつたら、懸賞金は直ぐにお届けしようと言つてやつた。
すると、折返して返事が来た。一体直ぐに手紙の返事を寄こす人には神信心の厚い、正直者が多いものだが、この応募者も察する所、正直者だつたに相違ない。返事にはかうあつた。
「私の送つた文句は、私が何処かで読み覚えたものか、それとも自分の頭から出たものか、はつきりとは申し上げられません、然し私は今日まで本といつては、国民読本と旧約聖書の箴言しか読んだ事がありませんから、この二つの本に無い文句なら、私の拵へたものとして差支ない筈です。重ねて申します。懸賞金を折返し電報為替で送つて下さい。」
だが、笑つてはいけない。この応募者は読本と箴言と――書物を二冊も読んでゐる。書物を二冊も読むといふ事は、日本では贅沢の沙汰だとしてある。